もしも家を建てるなら

第十四回 住まいの寿命が縮んでいる

改修するか否か。その心理的、物理的な理由[スタイルはかわる③]

築数十年以上を経た古民家の魅力が見直されて久しいですが、では実際に自分たちが暮らしてきた家となるとどうでしょう。リフォームするか、建て替えるか。その判断に悩むことがあります。中古住宅を購入する場合にも、そのまま暮らすか改修するかに悩むのは同様でしょう。住宅は時代のニーズと技術革新で変化してきましたが、サスティナビリティ(持続可能性)と無縁ではありません。

古い家を改修して住み続けるわけ

 山梨に名取政明さんという建築家がいる。古民家改修の専門家だ。20代の頃から古民家の改修設計をひたすら続けて30年余、これまでに手掛けた建物は百数十件にのぼる。主に江戸末期から昭和初期の古民家に触れてきた名取さんにこんな質問をした。

「どうして古民家は、現代まで壊されることなく生き長らえてこられたのでしょうか?」

 逆にいえば、なぜ現代の住宅は短期間で壊されてしまうのか。今回は、物理的な耐久性とは別の理屈で縮んでいく住まいの「寿命」について、名取さんとの対話を通して考えてみた。

 

 ――そもそも明治~昭和初期の民家を改修して住み続ける人というのは、どのような属性の方なのでしょうか。彼らはなぜ古い家を取り壊すことなく改修する道を選んだのか。そのあたりの背景を教えていただけますか。

 名取 私がこれまでおつき合いしてきたお施主さんは、ほとんどが小さな頃からその家で暮らしてきた方たちでした。多くは50~60代のご主人とそのご家族という構成です。建物自体はご主人のおじいさんかひいおじいさん、あるいはもっと前のご先祖さまが建てられたものです。専門家が見ると建築的に価値のある家も多いのですが、お施主さんご自身は自分の家の価値をほとんどご存じありません。周りの家に比べると、うちの柱は太くて丈夫そうだなと感じている程度です。

 ――自分では価値があるかないか分からない家を、それでも改修して住み続けようと決断される理由は何なのでしょう?

 名取 ひとことで言えば愛着です。それもご主人の愛着というより、ご主人のお姉さんや妹さんといった女きょうだいの愛着が強く影響するようです。ある程度古い家になると、その家を残すか残さないか、親戚一同が集まって家族会議が開かれるパターンが多くなります。その旗振り役がたいていお姉さんや妹さんなんです。個人的な感想ですが、どうも女性というのは自分の根っこの部分がごっそり消えてなくなるという事態にかなり寂しさを覚えるみたいです。自分は家を出た立場だけれど、だからこそなんとかしてこの家を残せないだろうか。そうやってお兄さんや弟さんを説得されるようです。

 ――愛着の対象は、土地ではなく建物なんですね。

 名取 ええ。日本人はまだ使える建物をすぐに壊して新しいものに建て替えたがるとよく言われますよね。でも、自分が育った家を必死に残そうとしている彼女たちの姿を見ると、本当にそうなのかなと思います。私の経験上、古くからある建物がその土地に残るかどうかは、その建物がどれだけ多くの人に愛されてきたかで決まります。この先何十年も同じ場所にあり続けてほしい。そういう思いが材料や構造の耐久性とは関係なく建物の寿命を支えるようです。

 法隆寺がいい例でしょう。世界最古の木造建築といわれますが、あのお寺が1000年以上生き長らえてきたのは、関係者や地域の人たちがどうしても残しておきたいと思ってメンテナンスを欠かさなかったからです。建物自体に1000年以上持つ仕掛けがあったわけではありません。逆にいま、お金持ちのお父さんが坪単価300万円以上かけて豪華で堅牢な鉄筋コンクリートの家を建てたとしても、その息子や娘が愛着をもってくれなければ寿命は一代限りで尽きます。そのうち取り壊されて駐車場になるだけです。

 

残す価値のある家・ない家

 ――古民家を改修する費用は、工事の内容によっては新築以上にかかる場合も多々あると思います。いくら愛着のある家でもそんなにお金がかかるのなら、解体して新しい家に建て替えますという人もいるのでは?

 名取 そこはやっぱり揺らぎますよね。ですから私たち専門家は、残す価値がある建物だと分かれば、「ぜひとも、このまま残して住み続けませんか」と提案するわけです。結果、新築以上にかかる改修費を了承して改修の道を選ばれた方でも、工事が始まってしばらくの間は疑心暗鬼の状態が続きます。「この家はお金をかけてまで残す価値が、本当にあったのだろうか?」と。その気持ちに追い打ちをかけるように、壁を剥がすと中から出てくるのは腐ってぼろぼろになった柱です。「やっぱり、新しい家に建て替えたほうがよかったのかな……」、工事の序盤はどうしても気持ちが揺れるみたいです。

 それが、ある瞬間から一気にひっくり返ります。壁を剥がし、床を剥がし、天井を剥がし……見るからに立派な梁や小屋組みが姿を現すと、「おぉ、うちってこんなにすごかったのか」ってその迫力に圧倒されるんです。「いまどきこんな家を建てたいと思っても建てられませんよ」。念を押すように教えてあげると、そうですよねぇと太い梁を見上げながらうなずかれます。

 ――改修して残す価値がある家と、ない家。名取さんのなかでその線引きはどこにありますか?

 名取 基本的には、建物の骨格となる柱や梁が日本の伝統的な構法で組まれていること。それがひとつのラインです。それ以外だと、いまではとても手に入らない貴重な材料が使われているとか、地域の特色ある意匠が残されているとか。そういう建物はまず残す価値があるように思います。柱や梁は年を経るほどに煤けて汚くなりますが、素材としての魅力はいつまでも変わりません。むしろ長い年月を経て魅力がどんどん増していきます。

 もうひとつ、職人の技術力も注目すべきポイントです。昔はビスも金物も電動工具もなかったので、職人さんの技術力や手間のかけ方が現代とはまったく違いました。そういう跡が見える家はなるべく残したいと思いますし、お施主さんもそういう部分に魅力を感じて最終的に決断されるようです。

 

乾式工法という一大革命

 ――「古民家」という呼称に厳密な定義はないようですが、名取さんのなかではいまおっしゃった線引きがそのまま古民家の定義に当てはまりますか?

 名取 定義という意味でいえば、私のなかで古民家と呼んでいい最低限の条件は「壁が湿式でつくられていること」です。湿式というのは、建物の壁をつくるときに水を配合してこねた土などを使用する工法のことです。いわゆる土壁ですね。対して、壁の下地に石膏ボードや合板などを張る工法を乾式といいます。壁のつくり方が湿式から乾式に変わったのは昭和30~40年ごろでしょうか。じつはこれが家づくりにおける一大革命でした。おかげで日本の住宅は、「湿式時代」の何倍も安く早く大量につくれるようになったんです。いちばん変わったのが建築費でしょう。現代の手間賃だと、湿式の土壁は平米あたり3万円くらいしますが、乾式のボード下地にすれば数千円で済みます。「乾式時代」以降、日本の家はまったく別物になったと言っていいくらいです。

 ――たしかにその時期を境に、日本の住宅は姿形も大きく変わりました。茅葺きの屋根はもちろんのこと、瓦屋根、板張りの外壁、土間、縁側、木製の建具……いまの人たちが古民家と聞いて思い浮かべる要素は、昭和30~40年代から次々と姿を消していきました。これらの要素が消えていったのも、安く早く大量にという流れに乗れなかったのが原因といえますか?

 名取 お施主さんがそういう材料や空間を求めなくなりましたからね。おっしゃるように、昔の家から消えた要素は安く早く大量にとは正反対のものが多いです。いま、古民家と同じような家を建てようと思ったら、おそらく同規模の住宅の倍以上コストがかかるはずです。昔ながらの木製の建具(框戸)は、いまなら1本つくるだけで30~40万円もします。板を張り合わせただけのフラッシュ戸でよければ3万円くらいです。ゼロがひとつ違うんです。縁側も、軒をある程度出す必要があるから建築費が上がります。逆に、豆腐のような四角い建物なら軒の出がいらなくなるので安くつくれます。また、縁側を設けたことでリビングやダイニングが狭くなるようなら、お施主さんからは真っ先に「縁側は必要ありません」と言われるでしょう。

 いまの人が求めているのはなにより広さと安さですから、そこを犠牲にするような設計はおのずと淘汰されるんです。設計側も部屋が狭くなったりコストが上がったりする提案は初めからしません。

古民家的な要素をもつ住宅とそれらを排除した現代の住宅。凸凹が少ないフラットな形状は施工が簡易で工期も短い。建物は時代のニーズと技術に合わせて変化していく

 

木材の再利用を阻むものたち

 ――古民家と現代の住宅は、カテゴリーは同じ「住宅」でも底に流れる建築思想はまったく別物なのかもしれません。

 名取 それを如実に感じるのが木材の再利用です。古民家の壁や床を剥がすと中から古い骨組みが出てきますが、よく見るとその多くはかつてほかの建物で使われていた木材なんです。とくに当時の庶民が暮らしていた家では、よその家で柱として使われていた木材を自分の家の床組みなどに再利用した例がよく見られます。それが古民家――というか昔のふつうの家――を支えていた基本的な思想でした。つまり、一軒の家を構成する柱や梁はその家のためだけでなく、ほかの家でも使うかもしれない、半ば共有の材と考えられていたんです。当時は建築に使用する木材が貴重で、新しい材を次から次へと投入する環境が整っていなかったので、自然とそうなったんですね。

 対して現代の住宅は、その家のためにだけに購入した新しい木材を、その家のためだけに使います。数十年後、家を取り壊すことになっても、解体後の木材がほかの家で再利用されることはまずないでしょう。システムとして再利用されないのではなく、いまの家は物理的に再利用できる状態でつくられていないんです。原因は木材の固定に使われる接着剤、あるいは現場で直接吹き付ける断熱材です。木材は一度接着剤で張り合わせると、部材ごとにバラして再利用するのが難しくなるので丸ごと廃棄するしかありません。吹付けの断熱材も同じです。こちらは構造材にも直接付着しますから、解体はおろか柱と梁の骨組みだけを残したリフォームも難しくなります。いま新築した家を何十年か後にスケルトンリフォームしたいと思っても、吹付けの断熱材を使用した住宅は大工さんが相当苦労するはずです。

 ――吹付けの断熱材はまだしも接着剤を一切使わない家づくりというのは、現代の住宅ではなかなか難しそうです。

 名取 それは施工側の都合というより、お施主さんの要求がもたらしたものでもあるんです。はっきり言えばクレーム対策。最近のお施主さんはちょっとしたズレや隙間を見つけてはすぐにクレームを出すでしょう? それを回避するには木材を接着剤で固定するのが最も安価で簡便なやり方です。つい最近、古いお寺の庫裏(くり)を改修したのですが、傷んでいた廊下の板張りを剥がそうとしたら、そこにもしっかり接着剤が付いていました。数十年前に改修したとき、廊下がミシミシいわないように大工さんが使ったのでしょう。廊下の床板がきれいに剥がせれば壁の腰板に転用したかったのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。かくいう私も、いまは床板を張るとき、床鳴りがしてクレームにならないようにあらかじめ接着剤を使って張り合わせています。将来的に別の場所に転用できそうな板には使いませんが、それ以外の箇所はたとえ古民家の改修といえども接着剤の使用があたり前になっています。

発泡系断熱材の利用は木造住宅でも増えている。気密性に優れる断熱材だが、断熱材が付着した木材を解体後に再利用するのはきわめて難しい

限りなく低いサスティナビリティ

 名取 どの世界もそうでしょうが、ものづくりにはその時代の価値観や空気感が色濃く反映されます。住宅に関してはやはり昭和30~40年ごろに、現在まで続く価値観が醸成されました。壁のつくり方が湿式から乾式に変わった時代です。そこに、最近はクレーム対策という要素も加わりました。「安く早く大量に、ささいなクレームもこないようにつくる」。建売住宅も、注文住宅も、古民家の改修も、そこから逃れることはできません。

 ――そういえば5年ほど前ですが、知り合いの設計者や不動産屋さんから、「中古住宅の流通を活性化させる新規事業を考えているのだが、手伝ってもらえませんか」と誘われたことがありました。事業自体は計画段階で頓挫したのですが、そのとき取扱い対象となる中古住宅の写真を眺めていて、「もし自分がお客さんなら、どの家にも住みたくないな」と感じたのを覚えています。多くは築30~40年のもので、名取さんがおっしゃるように安く早く大量につくられた時代の住宅ばかりでした。だったらいっそのこと、築100年くらいの古民家を探して改修したほうがよほど楽しそうだと思ったんです。

 国はいま、中古住宅の流通を活性化させる施策をさまざまに打ち出していますが、どれも計画どおりには進んでいませんよね。もちろん流通の問題も大きいでしょうが、根本には建物自体の問題が大きく横たわっているような気がしています。「この中古住宅なら新築するより価値がある」「誰もこの家に住まないのなら自分が買って改修して住もう」。そう思わせる住宅がほとんどない。いまの若い人たちが古民家に惹かれる様子を見ていると、そりゃそうだよなと思います。建築の素人が見ても、いまどきこんな家は建てられないということくらいすぐに分かりますから。昨今は建築業界もサスティナビリティ(持続可能性)と無縁ではいられませんが、残念ながらいま建てられている住宅が長期間持続する可能性はとても低いでしょうね。

 名取 お施主さんの要望が細かすぎる、というのもサスティナブルでなくなる理由のひとつかもしれません。いまの人は自分の趣味やライフスタイルを住まいに反映させすぎるんです。だから、住み手が世代交代した瞬間にとても使い勝手が悪い家になる。使い勝手が悪ければ、取り壊して新しく建て直したくなります。逆に、昔の家は地域ごとにつくり方がほぼ同じで、どういう家をつくるかも大工さんにほぼおまかせの状態でした。それが良い意味で間取りのゆるさにつながって、次の世代、また次の世代へと受け継がれても、違和感なく住める家になっていたんです。人間の寿命はどんどん延びていますが、住宅の寿命はむしろ縮む方向に進んでいるみたいです。