お札になった酔いどれ殺人者
「キャッシュレス」まっしぐらで、だんだん使われなくなってきた「お札」。
そこには国の功労者の肖像が描かれます。
かつてイタリア・リラ札のモデルにカラヴァッジョが描かれていました。
お札に取り上げられるような人物はふつう「故郷の誇り」です。しかしカラヴァッジョの地元では、お札になったことを祝うどころか、彼に由来の記念館などがほとんど見当たりません。それもそのはず、彼は酔っ払った挙げ句にケンカ相手を殺してしまった「殺人者」だったのです。
このカラヴァッジョ、絵を描く腕はたしかですが、とんでもなく破天荒なお方。ケンカの殺人を犯した末に指名手配され、イタリア各地を逃げ回っていました。
しかし、そんな彼の絵には見る者の心をつかんで離さない魅力があります。こちらの「バッカス」、この繊細なる写実力はどうでしょう!「バッカス」は酒の神として有名ですが、このほか豊穣の神であり、そして狂乱の神でもありました。
『バッカス』ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ,パブリック・ドメイン, リンクによる
お酒を飲んで歌って踊って陽気なうちはいいのですが、悪酔いして狂乱に陥ることも……ありますよね。カラヴァッジョは、狂乱にまで行ってしまった「リアル・バッカス」だったのです。
彼の性格と行動はともかく、その絵は後輩画家たちへ良き影響を与えました。「どうだ」と言わんばかりの写実性は、後輩たちのやる気をかきたて、技術的ヒントを与えました。この点をさして「近現代絵画はカラヴァッジョからはじまった」と評する評論家もいます。そんな後輩たちへの貢献によってカラヴァッジョはお札に選ばれました。
多くの先人たちが努力や工夫を重ねつつ困難に立ち向かい、頭を抱えるような失敗をやらかしながら、時代を超えて作品がつくられる。
歴史をみると、同じことが会計と経営の世界でも起こっています。ある時代に生まれたすばらしい会計上の発明は、それがすばらしいがゆえに人々の金銭欲を刺激し、狂乱にまで突き動かします。
酒に酔ってブレーキがかからなくなったカラヴァッジョと同じく、領土拡大の野心に燃えた挙げ句にスッカラカンになった王様、金儲けの魅力にとりつかれて投資しすぎた商売人、豪華な宴を繰り返して破滅に向かった貴族……。
酒とお金は人々を狂わせる魔力を持っています。酔っ払って興奮した人々によってはじまる狂乱の宴。その繰り返しによって会計と経営の歴史がつくられていくのです。
さて、カラヴァッジョの10万リラが登場したのは1944年のこと。それにしても「10万リラ」ってすごいですよね。当時のイタリアは財政赤字やインフレに苦しんでおり、その経済混乱のなかで「10万リラ」札が登場しました。モデルにカラヴァッジョが選ばれたのは、もしかしたら「ヤケっぱち」だったのかもしれません。本書の物語はそのイタリアが絶好調だった700年前からはじまります。