ポラリスが降り注ぐ夜・文庫版

個人のための言葉、あるいは小説家の使命【後編】

『ポラリスが降り注ぐ夜』文庫化&「肉を脱ぐ」連載開始記念対談

李琴峰さんの代表作にして芸術選奨新人賞受賞作『ポラリスが降り注ぐ夜』が待望の文庫化! 単行本刊行時に対談していただいた村田沙耶香さんと、あらためてその魅力について、また激動する世界のなかで、いま小説家が書くべきこととは何か、前・後編の2回に亘って、存分にお話しいただきました。

書くことで生き延びようと
――この流れで大変素朴な質問で恐縮ですが、李さんにとって小説とはなんでしょうか。

 たぶん生き延びようとする力ですね。最初が『独り舞』だったことからも顕著ですが、書くことで生き延びようとしたわけです。
 小説みたいなものを書き始めたのは中学生くらいで、そのときはただ文章を書くのが楽しかった。綺麗な言葉を集めて綺麗な文章を作れば、自分の審美的な感覚が満たされるという単純な喜びがありました。それが大学に入る頃には、自分が悩みや苦しみ、感じている孤独といったことを表現する手段にもなっていった。でも、台湾ではそれを本にしたりということにはつながらなかったんです。それから日本に来たんですけど、その間も自分の悩みや思想は溜まっていて、それが『独り舞』という小説に結実し、いまに至っている感じでしょうか。『独り舞』は本能と言うか、本当に生き延びるために書いたんですね。これを書けば少し楽になるかも、あるいはこれを書き上げるまでは死ねないから生きている、そんな状態でした。もちろん、書いたものすべてがそんな重い話ではないですけど(笑)。

――村田さんも中学生の頃から小説を書かれていたわけですけど、「媚びて」書いた小説を自分で汚いと判断できたのはすごいですね。村田さんの「小説」のイデアが既にあったということでしょうか。

村田 他の小説はすべて破綻していて――今でも破綻してるんですけど(笑)――、でも小説の神様を信じているなにかがあったんですけど、その頃流行っていた講談社X文庫ティーンズハートの帯に「小説家になりたかったらティーンズハートに応募しよう」といったことが書いてあって、ちょうど高校生作家さんが活躍していたんです。母も「高校生なのにすごいわね」と言っていて、自分もそう言われたい気持ちになってしまいました。当時、家族の仲がさしていいわけでもなく、学校でも死ねと言われてしまって、自分には生きている価値がないと思って、死ぬ日を決めてカウントダウンしているという極限の状態だったので、承認欲求よりもさらに下の、ただ自分がここにいてもいいと思えるために小説家になろうとしたんです。小説家になることで、人間の自分の存在を許してもらえるかもしれない、というような錯覚に一瞬囚われてしまいました。そういう欲が出て書いた小説はやっぱりあざとくて汚いものになっていて、本当につらかったです。