愛のある批評

「丸サ進行」と反復・分割の生 (1)

人や作品が商品として消費されるとき、そこには抗い、傷つく存在がある。
2021すばるクリティーク賞を受賞し、「新たなフェミニティの批評の萌芽」と評された新鋭・西村紗知が、共犯者としての批評のあり方を明らかにしつつ、愛のある批評を模索する。
第4回は、西村の本領である音楽批評。「丸サ進行」を取り入れた楽曲群が体現する、音楽にとっての自由について。

2.「丸サ進行」の基本的な話
「丸サ進行」、またの名をグローヴァー・ワシントン・ジュニアの作品名から取り「just the two of us進行」とも言う。テンションノートなど諸々簡略化して言うと、VI-V-I-III、VI-V-I-VII、あるいはVI-V-I-Iを反復させるようにして使う、短調のコード進行(Iがマイナーコードとなる)のことである。これは飽くまで目安で、もうすでに多数の派生形、類似形があり、これらとの組み合わせやその他のコード進行と共に用いられていることが多い。おそらく今日技術的に最も先進的な「丸サ進行」曲は、星野源「喜劇」なのではないかと思う。これは、単純な反復がなく、もはやほとんど「丸サ進行」に聞こえないほどである。実のところ、「丸サ進行」楽曲群は、1999年に発表されたオリジナルの「丸の内サディスティック」とのつながりをもはやほとんど失っているように聞こえる(そもそもコード進行が同じだけで、作家本人としても参照先だと思っていない場合がほとんどかもしれない)。それは音楽界の潮流が、作者である椎名が標榜した「新宿系」の後を継がなかったのも一因として挙げられるのではないかと思う。ここ数年隆盛を極めている潮流をいくつか思い出しても、それはシティ・ポップ、Kポップ、ラップ・ミュージック、四つ打ちのダンスミュージック系統などといった具合で、「丸の内サディスティック」はぎりぎりシティ・ポップの範疇に触れるかどうかだろう。

 

 そうした「丸サ進行」だが、この素材の特性として第一に挙げられるのは調性感の不確かさだ。「丸の内サディスティック」ではAメロの後半はVI-VII-IIIとなり、一時的に平行調である変ホ長調に転調しているようにも聞こえる。ただこれを転調ととるかは微妙なところで、というのも、こういうところにこのコード進行の表現の特徴がある。VI-V-I-IIIの場合は特に、I以外がメジャーコードになるので(例えばハ短調が主調とすると、A♭、G、Cm、E♭となる)、つまり短調の曲であっても聞こえてくるコードはメジャーの響きのものが大半を占めることから、長調とも短調とも言い切れない感じがする。この調性のどっちつかずの浮遊感が、「丸サ進行」の基本的な性格だ。
 次に使い方に関して、「丸サ進行」の優れたところは、これをループさせればひとまず曲として成立するところだ。この点がまさに隆盛を極めた理由に他ならないだろう。誤解を恐れずに言えば、急にこのループから始めて、よきところでフェイドアウトさせればそれで曲となる。飽くまで楽式的見地からではあるが、極端な場合曲の始まりと終わりを書く必要がない(だからやはり、「丸サ進行」の曲には前奏無しでいきなり歌が入るものが多い)。つまり、音楽で展開をどうするか考えなくても曲が作れるのである(もちろん、単純にループさせるだけにしたらその分、退屈にならないように音色やミックスの工夫でどうにかしなくてはならなくなる)。この点は、テクストありきの創作と相性が良い理由であろう。「小説を音楽にする」というコンセプトに基づき創作するYOASOBIが「丸サ進行」をはじめとするループ系のコード進行を多用するのは、当然のことだ。
 他方難点もある。テクストに細かい音価の音をつけていって、ポエトリーリーディングに音程をつけたようなものとは相性が良いが、その反面、印象的なメロディーラインを作ろうと思うと少し工夫が必要となる。tofubeats「水星(feat.オノマトペ大臣)」のサビの歌い出しは、「めくるめく」の「めく」の音がハ-ニで伴奏の嬰ハと一瞬ぶつかるので、あんまり気持ちよくない。この難点は「水星」「今夜はブギー・バック」の2曲を足したアレンジ楽曲「水星×今夜はブギー・バック nice vocal meets Yuri on ICE」では解消されている。「今夜はブギー・バック」のコード進行と揃えて、「丸サ進行」ではなくなっているからである。

 印象的なメロディーラインを効果的に聞かせるなら、フィロソフィーのダンス「シスター」や(sic)boy「Afraid?? feat. nothing,nowhere.」のように、ところどころコードの鳴っていない空白を作っておくなどの工夫が必要である。

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