◆世界を司る【主神】/女神
日本の皇室の祖先神とされるアマテラスは、日本の神界における最高女神である。そもそも最高神が女神というのはまれな現象だ。ギリシアのゼウス、北欧のオーディン、メソポタミアのマルドゥクなど、世界の神話で最高神はほとんどが男神である。女神の最高神を戴いているというのは日本の神話の大きな特徴と言えるだろう。
アマテラスの主要な神話として、父神からの誕生、処女にして母なる女神となること、岩屋籠り、国譲りの神話で主導権を発揮すること、などがある。
◆太陽の女神の「岩屋籠り」
『古事記』によれば、アマテラスは父神イザナキのみから生まれた。イザナキは妻イザナミから逃れて黄泉の国から帰ってくると、川で禊(みそぎ)をした。その時さまざまな神々が生まれたが、イザナキが左の目を洗うとアマテラスが、右の目を洗うとツクヨミが、鼻を洗うとスサノオが誕生した。父神から生まれたという点では、ギリシアのアテナに似ている。またアマテラスは結婚しない処女の女神で、しかも通常の性行為によらずにスサノオとの間に子をもうけているので、処女母神という矛盾した役割も引き受けている。
アマテラスの最も重要な神話はなんと言っても「岩屋籠り」の神話であろう。アマテラスがスサノオのいたずらに心を痛めて岩屋に籠もると、世界中が暗闇に閉ざされて神々も人間も窮地に陥った。神々は相談をしてアマテラスを岩屋から引き出すためのお祭りを計画し、鶏を連れてきて鳴かせ、鏡と玉を作らせて榊(さかき)にかけてお祭りを始めた。アメノウズメという女神が衣をはだけて踊ったので八百万(やおよろず)の神々は大笑いした。アマテラスは不審に思って岩屋の戸を少し開けて外を覗いた。その隙間から鏡を見せられて、不思議なものだと思って近づこうとしたところを、手を取られて岩屋から引き出された。こうして地上も天界も光を取り戻して明るくなった。
アマテラスは太陽の女神であるので、その太陽が岩屋に籠もると世界が暗闇に閉ざされるというこの神話は、何か実際の自然現象を反映しているように思われる。日蝕と冬至が、その関連する自然現象ではないかと言われている。日蝕は分かりやすいが、冬至というのは、太陽が冬に最も力を弱める日であり、太陽が力尽きて翌朝昇ってこないのではないかと、古代の人々は非常に恐れた。そこでお祭りを行ったのだ。その冬至への恐怖が反映された神話と解釈できる。
類似の神話としては、ギリシアで大地女神デメテルが誘拐された娘神を想って岩屋に籠もったので大地に実りをもたらさなくなったという神話があり、アマテラスの岩屋籠り神話との系統的関連が指摘されている。
◆処女母神の子孫が天皇に
アマテラスはまた、皇祖神としても機能する。彼女は地上の葦原中国(あしはらのなかつくに)を治めるオオクニヌシに何度も使いを遣って、自分の子供のために国を譲るよう要求した。最初の使者であるアメノホヒは三年経っても天界に報告をしなかった。オオクニヌシに媚びへつらっていたのだ。そこで次にアメワカヒコを降したが、今度は八年経っても報告をしなかった。すると神々は雉(きじ)の鳴女に理由を問いただすことを命じたが、アメワカヒコはこの雉を射殺してしまった。アマテラスと共に国譲りを主導していたタカミムスヒが返し矢を放ち、アメワカヒコを殺害した。
最後の使者となったのが剣の神タケミカヅチである。彼はオオクニヌシの子であるタケミナカタを力で圧倒した。もう一人の子であるコトシロヌシは地上を天の神に献上することに同意した。これらを受けて、オオクニヌシも国譲りに同意し、アマテラスの子孫に地上世界の支配権が渡ることとなった。
アマテラスの子であるアメノオシホミミが地上に降る準備をしていると、彼に子が生まれたので、代わりにこの子を地上に降すことにした。これがホノニニギであり、その子孫が代々の天皇の系譜につながっていくことになる。
◆性別を超越した主神
父神のみから生まれた点や、自身が処女にして母となった点などを併せて考えると、アマテラスには性的な特徴が薄い。また彼女はスサノオが天上世界に昇ってきた時に男装して武装していることも、性別からの超越が認められる。アマテラスは世界の神話の中で数少ない女神の主神であるが、それと引き換えに、性的な表現から遠ざけられているように見える。
(参考文献;吉田敦彦・古川のり子『日本の神話伝説』青土社、1996年)