世界の「推せる」神々事典

ゼウス【ギリシア神話】
――浮気性の大神

神話学者の沖田瑞穂さん連載! 世界の神話に登場する多種多様な神々のなかから【主神】【戦神】【豊穣神】【女神】【工作神・医神】【いたずら者の神/トリックスター】【死神】などなど、隔週で2神ずつ解説していく企画です。あなたの「推し」神、どれですか?! 今回はヨーロッパの神話から。

◆世界を司る【主神】/男神

オリュンポス山の頂上に居を構えるギリシア神話の最高神。天空神として、天候、とくに雷電を操るので、自然神としては雷である。兄弟に冥界神ハデスと海の神ポセイドン、姉妹にはゼウスの妻となるヘラ、家庭の炉の火の女神ヘスティア、大地の女神デメテルがいる。ゼウスはヘスティアを処女神として守護を与える一方、もう一人の姉妹デメテルとの間には植物の女神ペルセポネをもうけている。

◆数々の妻と人間の起源

ゼウスの最初の妻は、オケアノス(大洋)の娘で知恵の女神メティスであった。ところが、大地の女神ガイアと天空神ウラノスが彼に忠告をした。二人の間に生まれる子は、男女どちらであっても聡明で剛毅な子であるが、もし男の子であった場合、父をもしのぐ力を持ち、神々と人間の王となるだろう、と。そこでゼウスはメティスが懐妊した時、彼女を呑み下した。以降、ゼウスの体内にはメティスの知恵の力が宿った。またメティスが孕んだ子は、ゼウスの額から生まれた。これがアテナ女神であり、この上なく聡明で、知恵だけでなく戦と正義の女神としても活躍するようになった。

ゼウスの次の妻は掟の女神テミスであった。この女神との間には、季節の女神たちホライ、運命の三女神であるモイライ、すなわちクロトとラケシスとアトロポスなどをもうけた。

ゼウスは先述のようにデメテルとの間に娘のペルセポネをもうけたが、ギリシアの密教の一種であるオルペウス教の神話によると、ゼウスはこの自分の娘であるペルセポネを熱愛して、自ら蛇に変身して思いを遂げた。その結果ザグレウスという神が生まれたが、嫉妬深い正妻のヘラが彼を殺害してバラバラに裂いて、ティタン神族の面々に食べさせた。アテナがこれに気づいて、残っていた心臓をゼウスのもとに持ち帰った。ゼウスは怒り狂ってティタンたちを燃やした。のちにこのティタンたちの灰から、人間が作られたのだという。

ところがティタンは神聖な神ザグレウスの身体を食べているので、その灰には神的な要素が含まれている。したがって、そこから作られた人間にも、ザグレウスに由来する神性が隠されているのだという。ゼウスはザグレウスを自分の腹に納めた後、再び彼を転生させて人間の女セメレの胎から生まれさせた。これが葡萄酒の神ディオニュソスである。

◆人間の母から生まれたヘラクレス

ゼウスは多くの人間の女と関係を持ち、たくさんの子をもうけた。特に重要なのはギリシア神話随一の英雄ヘラクレスであろう。彼の母は人間のアルクメネ、名目上の父はアンピトリュオンである。アンピトリュオンがタポス島から凱旋してくる前夜、かねてからアルクメネに思いを寄せていたゼウスが降りてきて、アンピトリュオンの姿になってアルクメネに近づいた。そしてそれらしい手柄話をするものだから、アルクメネも疑うことなく身を任せた。しかし次の日にアンピトリュオンが帰ってきたのでびっくり仰天したのだった。

アルクメネは双子を産んだ。一人はゼウスの子ヘラクレスで、もう一人はアンピトリュオンの子イピクレスであった。

ゼウスはヘラクレスの他にも、多くの子を人間の女との間にもうけ、地上で活躍させた。しかしそれらの子らの多くは、死後は人間として冥府へ赴く運命であった。ゼウスを父とし、人間の女を母とする半神的英雄たちの中で、死後神々の列に序されたのはただ二人、ディオニュソスと、ヘラクレスのみである。

◆浮気な神は変身が得意

ゼウスの浮気は神々にとっては支配権の拡大につながり、人間にとっては祖先を最高神とすることで家系に箔がつくという、双方にとってメリットがあった。

ゼウスは浮気にさいして変身が得意である。アルクメネのところでは彼女の夫であるアンピトリュオンに変身したが、アルテミス女神のお供をするカリストのところに行ったときには、当のアルテミスの姿をして近づき、喜ぶ少女を前にして突然に真の姿をあらわした。また白鳥の姿になってレダに近づき、トロイ戦争の原因となったヘレネをもうけた。

そもそもギリシアの神は本来姿が大きく、人間の前に現われるときにはその身を縮め、人間に似た姿を取るのだという。ゼウスの変身はその視点から見ると、当然の手段であった。

(参考文献;呉茂一『ギリシア神話〈新装版〉』新潮社、1994年、
吉田敦彦編『世界の神話101』新書館、2000年)

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