◆世界を司る【主神】/男神
北欧ゲルマンの神話の主神で、知恵と魔術の神、戦いと死の神である。特徴的な宝物として、八本脚の馬スレイプニル、決して的を外さない槍グングニル、九夜ごとに同じ重さの金の腕輪を滴り落とす腕輪ドラウプニルを所有している。図像においては二頭の狼とワタリガラスを従えていることが多い。
◆戦死者たちが集い、もてなされる場所
オーディンの配下には「戦死者を選ぶ女」であるヴァルキュリアたちがあり、オーディンは彼女たちをあらゆる戦いに送る。彼女らは人々に死の運命を選り定めて勝利を決する。ヴァルキュリアが死を定める戦士は王侯や選り抜きの勇士たちで、彼らは最後の運命の際に神々を援助する味方として、ヴァルホルに迎えられ、ヴァルキュリアのもてなしを楽しむ。
ヴァルホルとは戦死した男たちのための場所で、そこでは戦死した勇士たちはエインヘリャル(「独りで戦う者」)と呼ばれる。大勢の戦士たちが集められているが、それでも宿敵である狼フェンリルと戦うには少ない。ヴァルホルにはセーフリームニルという牡豚がいて、毎日煮られて食べられるが、夕方には生き返る。
◆知恵や魔術を手に入れるためには何事も厭わない
オーディンはルーン文字の発明者とされる。ルーンとは北欧に伝わる特殊なアルファベットで、古ノルド語で「文字」という意味であり、他に「秘密の知恵」という意味もある。ルーン文字そのものに大いなる神秘がこめられていると考えられていた。オーディンは世界樹ユグドラシルと思われる大木に吊り下がり、飢えと渇きに苦しみながら、忘我の境地で秘密の知識であるルーン文字を手に入れた。このことから「首吊りにされたもの」と呼ばれる。
オーディンは価値のある知恵を手に入れるために自分の体を損なうことも辞さない。次のような神話がある。オーディンはミーミルという知恵の泉から水を飲むために、その泉を守るミーミルという名の男に、泉の水の代価として自分の片目を取り出して担保に入れて、ようやく一口飲ませてもらった。そのため、オーディンの片目は今もミーミルの泉にある。
「詩人の蜜酒」という、それを飲むと誰でも詩人になれる蜜酒を手に入れるために、巨人のもとで半年間働いたという話もある。労働の対価を巨人に求めたが交渉が決裂したので、オーディンは自ら詩人の蜜酒のある岩屋にもぐりこみ、蜜酒を守る巨人女のグンロズのもとに三夜滞在し、蜜酒を三口飲むことを許されると、その三口で全ての蜜酒をのみこみ、鷲の姿になって飛び去り、神々のもとに蜜酒をもたらした。
このようにオーディンはルーン文字、ミーミルの泉の水、そして詩人の蜜酒といった、特別な「知恵」や「魔術」を手に入れるために、労働も、自身を損なうことすらも惜しまない、正真正銘の魔術神であると言える。
オーディンは世界の最後の時に、巨人族との最終戦争ラグナロクにおいて宿敵のフェンリル狼と戦うが、この狼に食べられて命を落とした。息子のヴィーザルが父の仇を取ってフェンリルを倒した。最高神の死を描く点で、北欧神話は独特の世界観を持っていると言えるだろう。
◆北欧だけではない「詩人の蜜酒」
最高神オーディンですら欲しがり、苦労して働いてまで手に入れた「詩人の蜜酒」。これに似たものとして、インドにはソーマという飲料があり、やはり詩人の想像力の源であったとされている。オーディンが鷲に変身して蜜酒をもたらしたように、ソーマもまた、天から鳥によってもたらされたとされている。北欧でもインドでも、鳥と、不思議な力をもつ飲料が関連づけられている。天地を自在に行き来する鳥は、神的飲料の運び手としてふさわしいと考えられたのだろう。
(参考文献;菅原邦城『北欧神話』東京書籍、1984年)