◆勇猛果敢な【戦神】/男神
神々の守護神である戦神として、ミョルニルと呼ばれる槌、ハンマーを必殺の武器として所有している。おそらくこの槌は雷を表わしている。神々はトールがいないと宿敵の巨人族と満足に戦うこともできない無力な存在となるという。
◆巨人との戦いで果たす役割
神々がトールの力を頼っているという神話として、次のような話がある。
神々が定住を始めた頃、巨人の工匠が神々のもとにやってきて、堅固な城壁を一年と半年で造るかわりに、美と愛の女神フレイヤと、太陽と月を報酬として要求した。いたずら者の神ロキのとりなしで、神々は、巨人は一人で城壁を作らねばならないことを取り決めたが、巨人は一頭の馬の助けを借りることを求め、認められた。巨人と馬は大変な速さで仕事をした。約束の日まであと三日という時には、城壁は門を残すのみとなっていた。そこでロキが雌馬に変身して巨人の牡馬の気を惹いた。二頭は夜通し森を駆け巡った。巨人はその夜仕事を進めることができなかった。巨人が激怒すると、神々はトールを呼び、直ちに駆けつけたトールの投げたミョルニルによって巨人は頭蓋骨を破壊された。
神々の歴史の最初期に、トールは太陽と月と美の女神フレイヤを守ることで、戦神として重要な役目を果たしたのだ。
トールにはシャールヴィという名の従者がいる。二人が巨人と戦う話がある。そこではフルングニルという角が三つある心臓を持つ巨人を、シャールヴィがトリックを用いて欺き、トールがとどめを刺すという話になっている。フランスの比較神話学者デュメジルはこの神話を、インドの戦神インドラが三つ頭の怪物トリシラスやヴリトラと戦う話などと比較し、それらの神話に共通して見られる、戦士が「三重的」怪物を倒すという神話の起源を、インド=ヨーロッパ語族の共通神話に求めた。
神々と巨人の最終戦争である「ラグナロク」においては、トールは巨大な蛇ミズガルズと戦い、蛇を倒すが、蛇が最後に吹きかけた毒によって命を落とした。
◆雷神と大蛇との近しい関係
トールが花嫁姿のフレイヤに変装して、ロキとともに巨人のもとへ行き、盗まれたミョルニルを取り戻す話もある。筋骨たくましい戦神が女装、しかも花嫁に変装するとはいかにもふさわしくないように思われる。しかしインドではアルジュナ、ギリシアではアキレウス、日本ではヤマトタケルといった戦士らが女装する話があり、いずれも戦神・戦士の通過儀礼を表わすものと考えられる。
トールは雷の神であるが、神話ではしばしば雷は蛇と近い関係にある。蛇の形状が稲光に似ているということからの類推であろうと思われる。その雷の神と大蛇の対決ということで、トールとミズガルズ蛇の戦いは似たもの同士の衝突と言えるかもしれない。
神話、もっと広くいうと物語は、このような「似たもの同士の敵」というモチーフを好んで用いる。たとえば「ハリー・ポッター」シリーズでは、主人公ハリーと宿敵のヴォルデモートは、「蛇語」をどちらも話すという他に見られない特徴を共有しているほか、ある事件によりハリーの母の「守りの力」をも共有しているという構造になっている。
神話ではギリシアでアテナ女神が蛇女神であり、その衣にはしばしば蛇の意匠がほどこされているが、彼女は自らが守護するペルセウスに蛇の怪物メドゥーサを退治させている。これもまた敵対者の同質性と見ることができるだろう。
(参考文献;菅原邦城『北欧神話』東京書籍、1984年)