◆恵みをもたらす【豊穣神】/男神
豊穣と海の神ニョルズの息子であり、父から豊穣の神としての機能を受け継いでいる。双子の姉妹に美と愛の女神フレイヤがいる。兄妹間の近親相姦を思わせる話も伝えられている。
◆「秩序からの超越」をあらわすもの
フレイとフレイヤのような近親相姦は神話においてしばしば見られるが、とくに原初の時に、秩序を作り上げる意味で行われることが多い。秩序を作り上げるための膨大なエネルギーを発生させるものは、秩序の内にはない、秩序から外れたもの、それがすなわち近親相姦である、という論理である。
フレイの特徴は神像においてよく表されており、巨大な男根を与えられている。フレイに特有の宝は金の剛毛を持つ牡豚グッリンブルスティであり、この豚は空や海を、夜も昼も、どの馬よりも早く走るとされる。豚は犬や牛などよりもはるかに多産であり、豊穣の神の動物としてふさわしい。
◆巨人の娘への恋煩い
フレイが巨人の娘ゲルズに恋煩いして結婚にこぎつける話がある。
フレイがオーディンの高御座に座って世界を見渡している時のことであった。彼が北の方をのぞくと、大きく美しい建物があり、その建物に向かって女が歩いていた。その女が腕を上げて扉を開けると、世界中が彼女のために光り輝いた。その時からフレイは恋煩いに陥り、一言も話さず、眠ることも飲むこともしなかった。父神ニョルズがフレイの従者のスキールニルに命じて、不調の原因を尋ねさせた。フレイは巨人の娘の話をし、スキールニルに、自分のためにゲルズに求婚して連れてくるように命じた。スキールニルは、炎の中を駆ける馬と、ひとりでに切りかかる宝剣を自分に与えることを条件に、その命令を承諾した。
スキールニルとは「輝ける者」の意で、フレイの一側面を擬人化したものであるという。フレイとゲルズとの結婚に至る神話は、豊穣の男神が穀物畑の女神を深い大地の底から獲得する行為、すなわち「聖婚」を反映していると考えられている。話の続きを見てみよう。
スキールニルはまず、不死のりんご、次にはオーディンの宝である腕輪ドラウプニルによってゲルズの愛を購おうとするが、ゲルズはにべもなくはねつける。贈りものによってゲルズの愛を得られないことが分かると、スキールニルは剣で脅しにかかる。それも効果がないと知ると、次には魔法の杖によってゲルズを意のままにしてみじめな目に合わせると言う。ゲルズは降参して九夜後にフレイと会う約束をした。
フレイがこの時スキールニルに与えた、ひとりでに切りかかる宝剣は、最終戦争ラグナロクにおける巨人との戦いで活躍するはずであった。これを持っていなかったために、フレイは死ぬことになる。ラグナロクにおいてフレイは炎の巨人スルトと戦うが、この名剣を持っていなかったことが彼の死の原因となったのだ。スルトはラグナロクの最後に火を放って全世界を滅亡させてしまった。
◆双子と剣のつながりはインドでも
豊穣神フレイは戦闘向きではなかったようだ。ここで北欧の主要な神の武器を挙げてみると、最高神オーディンは槍、戦神トールは槌、フレイは剣となっている。フレイの剣に関しては、インドの叙事詩『マハーバーラタ』で双子の豊穣神アシュヴィンの血を引く、やはり双子のナクラとサハデーヴァが剣を得意としており、両地域の神話からは双子と剣のつながりが見て取れる。
(参考文献;菅原邦城『北欧神話』東京書籍、1984年)