◆恵みをもたらす【豊穣神】/女神
神々は基本的前提として不老不死であるが、「老いる神」あるいは「死ぬ神」の神話もある。エジプトの太陽神ラーは老齢に悩まされた神だ。北欧では、神々は女神イズンが守るリンゴを食べて若さを保っている。逆に言うと、北欧の神々の不老不死性はイズンに依存していると言えるだろう。
◆イズンが誘拐されると……
北欧の神々は一度だけ老齢に怯えたことがある。イズンが誘拐された時だ。
ある時巨人のシャツィがイズンを連れ去ったために、神々は年をとり始めた。神々はことの原因を作ったロキをおどして、イズンを連れ戻すよう命じた。ロキはフレイヤに鷹の羽衣を借り、鷹に姿を変えて巨人の世界ヨトゥンヘイムに行き、シャツィが不在の間にイズンを木の実に変えて自分の鉤爪にひっかけ、全速力で飛び去った。帰宅したシャツィは鷲に姿を変えてロキを追った。神々はこの二羽を見て、神々の世界アースガルズの壁の下にかんな屑を運び出し、鷹が砦の中に入るや、かんな屑に火をつけた。後から飛んできた鷲の羽に火が移り、鷲は飛ぶのをやめた。そこで神々は巨人を殺害した。
この神話では、神々にとって貴重な不死のリンゴを持つイズンを、鳥の姿に変身したロキが連れ戻すと語られており、鳥と不死の果実との関係を見て取ることができる。するとこの神話は、イラン系遊牧民族に属するスキタイ系オセット人の「ナルト叙事詩」に語られる、次の話と比較できる。
◆不死の果実を鳥が盗む
村の構成員であるナルトたちの果樹園に、黄金の果実を実らせる不思議なリンゴの木があった。その実はどんな傷や病気でも治すことのできる不思議な力があった。その木には毎日新しい実がなり、昼の間に熟し、夕方には食べごろになるのだが、夜の間に決まって誰かに盗まれるのであった。そこでナルトたちは交代でこの木の番をした。双子の若者エフサルとエフセルテグが木の番をする順番になった。二人は交代で眠りながら番をすることにした。
エフセルテグが見張っている時、三羽の鳩が木に止まり、リンゴの実に触れようとした。エフセルテグが矢を放ったそのうちの一羽を射た。鳩たちは逃げたが、傷ついた一羽の鳩から流れた血が、地面に跡を残した。エフセルテグはその血痕を追って海底のドンベッテュルの屋敷へたどり着き、三羽の鳩が実は彼の三人の娘で、そのうちの一人ゼラセが傷つき臥せっていることを知った。エフセルテグは傷ついた鳩の残した血を用いて彼女の傷を治した。そして二人は結婚した。
ここでの黄金のリンゴは不死の果実でこそないが、明らかにそれに類するものであり、やはり鳥である鳩がこれを盗むという点で、北欧の神話と似ている。北欧ゲルマンも「ナルト叙事詩」のオセット族もインド=ヨーロッパ語族という言語の仲間であるので、「鳥が不死の果実を盗む」という神話が、インド=ヨーロッパ語族の共通神話として存在した可能性が想定される。
◆不老不死の神話に共通するもの
ロキは鷹に変身してイズンを取り戻した。「ナルト叙事詩」では海の神の娘が鳥に変身して不思議な力をもつリンゴの実を取った。鳥と、不死やそれに類する力をもつ果実が関連付けられている。このことで思い起こされるのは、インドで鳥の王ガルダが神々の不死の飲み物アムリタを奪った話だ。またアムリタと混同されることの多い神々の飲料ソーマも、鳥によってもたらされた。不老不死と鳥は神話では関係が深いようだ。
(参考文献;吉田敦彦『アマテラスの原像』青土社、1980年)