世界の「推せる」神々事典

ハイヌウェレ【インドネシア神話】
――殺害されてその死体から芋が生じた

神話学者の沖田瑞穂さん連載! 世界の神話に登場する多種多様な神々のなかから【主神】【戦神】【豊穣神】【女神】【工作神・医神】【いたずら者の神/トリックスター】【死神】などなど、隔週で2神ずつ解説していく企画です。あなたの「推し」神、どれですか?! 今回は「食べる」「生きる」「死ぬ」にまつわる神話から。

◆恵みをもたらす【豊穣神】/女神

芋の母胎となった少女。「死ぬ女神」として、他の多くの神話の神々とは異質な特徴を持つ一方で、類話も世界に広く見られる。

◆切り刻んで埋めたら芋ができた

インドネシアのセラム島に、殺害されてその死体から芋を生じさせた少女神の話がある。衝撃的な内容であるが、紹介したい。

ハイヌウェレはココヤシの実から誕生した。アメタという男が養父として彼女を育てた。ハイヌウェレは驚くべき速さで成長し、三日後には結婚可能な女性「ムルア」となっていた。彼女は普通の人間ではなく、その排泄物は高価な皿や銅鑼(どら)などであった。

ある時村で、マロ舞踏と呼ばれる九日間にわたる盛大な祭が行われた。ハイヌウェレは祭りの参加者に高価な皿や装身具や銅鑼などを毎日配った。次第に事態は村人たちにとって不気味なものとなり、人々は祭の九日目に集団で彼女を殺して舞踏の広場に埋めた。アメタが占いによってハイヌウェレの死体を探し出し、彼女の身体を細かく切り刻んであちこちに埋めた。ハイヌウェレの身体の諸部分から、その時にはまだ地上になかったさまざまな物、とりわけ芋が生じた。以来人々はこの芋を主食として食べて生きていくようになった。

◆人間が「食べる」ことを表す神話

神的少女が殺害されてその死体から有用植物が発生する話を「ハイヌウェレ型神話」と呼ぶ。ハイヌウェレ型神話は、もとは熱帯で栽培されていた様々な種類の芋と、バナナやヤシなどの果樹を主作物とする、原始的な作物栽培をしていた人たちの文化を母胎にしてできた話である。このような作物栽培を「古栽培」と呼び、それに従事する人々を「古栽培民」と呼ぶ。

ハイヌウェレ神話の残酷性は、芋の栽培方法に由来すると考えられる。芋は、切り刻んでその小片を地面に埋めることで新たな芋を得る。そしてそれらの芋はすべてハイヌウェレの身体そのものなのだ。人々は芋を「生きた」ものと考えていた。それを栽培し収穫することは、芋に対する殺害行為に他ならなかったのだ。だから、ハイヌウェレ神話のような残酷な物語が語られた。それは、人間がものを食べて生きていくということが、そもそも残酷なことであり、それゆえ人間存在はあまねく残酷なものだという認識があったのだ。きわめて高度な人間理解がそこに展開されていると見ることができる。

◆類話に共通することは……

類話は世界に広くみられ、日本の食物の女神オオゲツヒメやウケモチも同型の神話を持つ。『古事記』の神話で、スサノオはオオゲツヒメのもとを訪れて食事を請うた。オオゲツヒメは自分の鼻や口や尻から美味しい食べ物を出してスサノオに食べさせようとしたが、その調理の様子を見たスサノオは汚れた食物を食べさせられると思って、オオゲツヒメを殺してしまった。すると殺されたオオゲツヒメの死体から、蚕や五穀の種などが生じていた。

類話は離れた地域にも見つかる。ミシシッピ川の下流域に住むナチェズ族の話では、女と二人の娘が一緒に暮らしていたが、ある時娘たちは女がどうやって食物を得るのか不思議に思い、禁じられていた小屋を覗き見た。女は、籠の上にまたがって、股からトウモロコシや豆などを出していた。娘たちが料理を食べないので見られたことを悟った女は、娘たちに自分を殺させた。女の死体を焼いたところから、トウモロコシと豆とカボチャが生えた。

いずれにせよ、神的女性が死んで、その死体から有用植物が生える話となっている。この「ハイヌウェレ型」で殺される役を担う神的存在は圧倒的に女神や女性であることが多い。古く、男性ではなく女性が主な農業の従事者であったことが関係しているのかもしれない。
 
(参考文献;AD・E・イェンゼン著、大林太良、牛島巌、樋口大介訳『殺された女神』弘文堂、1977年。
大林太良、伊藤清司、吉田敦彦、松村一男 編『世界神話事典――創世神話と英雄伝説』 角川ソフィア文庫、2012年)

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