世界の「推せる」神々事典

イワナガヒメ【日本神話】
――長寿の象徴

神話学者の沖田瑞穂さん連載! 世界の神話に登場する多種多様な神々のなかから【主神】【戦神】【豊穣神】【女神】【工作神・医神】【いたずら者の神/トリックスター】【死神】などなど、隔週で2神ずつ解説していく企画です。あなたの「推し」神、どれですか?! 今回は「食べる」「生きる」「死ぬ」にまつわる神話から。

◆時に慈しみ、時に躍動する【女神】/女神

山の神オオヤマツミの娘。妹にコノハナサクヤビメがいる。岩のように堅固な命を象徴し、妹の花のような儚い命と対比されている。アマテラスの孫のホノニニギがこの姉妹と結婚したが、あまりに醜いと言ってイワナガヒメを親元に返したことで、呪いによって天皇と人間の寿命が短くなった。

◆人間の死の起源

『古事記』にはイワナガヒメの話は次のように記されている。

天上の最高女神アマテラスの孫ホノニニギは、笠沙(かささ)の岬でコノハナサクヤビメを一目見て恋に落ちた。ホノニニギが父である山の神オオヤマツミのもとへ行ってコノハナサクヤビメとの結婚を申し入れると、オオヤマツミは大変喜び、姉のイワナガヒメも副えて、多くの品物と一緒に娘を差し出した。しかしその姉は容姿がひどく醜かったためにホノニニギは恐れをなして、親のもとへ送り返してしまい、妹のコノハナサクヤビメだけを側に留めて一夜を共にした。

オオヤマツミは、ホノニニギがイワナガヒメを送り返したことを深く恥じて彼を呪った。「私が二人の娘を並べて差し上げたのは、イワナガヒメを娶ることで天つ神の御子の命が岩のように普遍であるように、コノハナサクヤビメを娶ることで木の花が咲き栄えるように繁栄するようにと、祈願して差し上げたのに、イワナガヒメを返してコノハナサクヤビメだけを留めたから、この先天つ神の御子の命は、木の花のようにはかないものになるだろう」。このようなわけで、今に至るまで、代々の天皇の寿命が限りあるものになったのである。

これは『古事記』の話であるが、ほぼ同じ話が『日本書紀』にも記されている。ただし『日本書紀』では、オオヤマツミではなくイワナガヒメ自身が、親もとに送り返されたことをひどく恥じて、ホノニニギとその子孫(天皇)に呪いをかけ、天皇だけでなく人間の寿命も短くしたことになっている(巻第二第九段一書第二)。つまり人間の死の起源神話となっているのだ。

◆地上の生命の秩序を保つために?

このイワナガヒメとコノハナサクヤビメの話は、インドネシアなどに伝わる「バナナ型死の起源神話」に属する話である。スラウェシ島ではこのような話になっている。

昔、天と地の間は今よりもずっと近くて、人間は創造神が天から縄に結んで下ろしてくれる贈り物によって暮らしていた。ある日、創造神が石を下ろしたところ、人間の始祖の夫婦は受け取らなかった。神が石を引き上げて、バナナを下ろしてやると、夫婦は喜んで食べた。そのことによって、人間は石のような永久の命を失い、代わりに子供を持つとすぐに親の木が枯れてしまうバナナのような儚い命を生きることになった。

この場合、人間には、不死であるか、それとも子供を持つ代わりに死なねばならぬのか、どちらかの運命が用意されていた。不死であるならば子を持つことがない。その両方が併存していたら、地上に生命が増えすぎて秩序が成り立たないからだ。不死であるか、子孫と死を引き受けるか。どちらかを迫られ、そして人間は後者の運命を引き受けたのだ。

◆原初の女神イザナミと、妹のコノハナサクヤビメと

イワナガヒメは呪いによって天皇の一族と人間の寿命を短くした。これは一種の死の起源譚ともいえる。すると、日本神話では二重に死の起源が語られていることになる。一つは、原初の女神イザナミがイザナキに向かって「わたしはあなたの国の人々を一日に千人殺しましょう」と言ったことで、人間に死の運命が定まったという話で、二つ目がイワナガヒメの話だ。

また、イザナミは生きていた時は国土と神々を次々に生んだ、美しい「生」の女神であった。つまり「生」と「死」の両方の要素を持っている。一方、イワナガヒメは「死」の女神であるが、妹のコノハナサクヤビメが美しい「生」の女神であり、この姉妹が一対となってイザナミの生と死を体現していると見ることができる。

(参考文献;大林太良・伊藤清司・吉田敦彦・松村一男 編『世界神話事典 創世神話と英雄伝説』角川ソフィア文庫、2012年。
吉田敦彦・古川のり子『日本の神話伝説』青土社、1996年

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