◆いたずら者の神々【トリックスター】/男神
神話には「トリックスター」と呼ばれるいたずら者の神が登場する。ギリシアのヘルメスや、北欧のロキなどが典型であるが、日本神話ではスサノオだ。
蛇退治神話が有名であるが、単に武力で勝利したのではなく、酒を飲ませるという一種のトリックを用いて戦った。スサノオは様々な性質を表わす神であり、トリックスターであるほか、英雄神であり、和歌を創始した文化神であり、また母や家族の女性に固着するマザーコンプレックスの神でもある。
◆蛇退治の英雄神・戦神の側面
スサノオの最も名高い武勲はヤマタノオロチ退治である。
スサノオは出雲国の肥河(ひのかわ)の河上で、おじいさんとおばあさんが一人の少女を間に置いて泣いているのを見た。スサノオがわけを尋ねると、おじいさんが答えるには、「私は山の神オオヤマツミの子で名前をアシナヅチ、妻をテナヅチ、娘をクシナダヒメといいます。私には娘が八人いましたが、毎年ヤマタノオロチが襲ってきて、娘を食べてしまいました。今年もまたオロチがやって来る時期になったので、泣いていたのです」ということだった。スサノオは老人に、その娘を妻にくれるならオロチを退治してやろうと言った。老人は喜んで娘を差し上げましょうと答えた。
するとスサノオは、まず少女を櫛に変えて自分の髪に挿し、アシナヅチとテナヅチの老夫婦に命じて濃い酒を作らせ、また八つの門を開けた垣を張り巡らせ、八つの門ごとに台を設けさせ、その上に濃い酒を満たした酒桶を準備させた。そうして待っていると、オロチが娘を食べにやって来て、八つの頭でそれぞれ酒を飲んで、そのまま酔って寝てしまった。するとスサノオは剣を抜いてオロチをずたずたに切り裂いた。この時オロチの身体から流れた血で、肥河は真っ赤に染まった。
スサノオがオロチの尾を切ったとき、剣の刃が欠けたので不審に思って見てみると、尾の中に素晴らしい剣があった。スサノオはそれを取り出してアマテラスに献上した。これが皇室の三種の神器の一つ、のちの草薙の剣である。
◆和歌の創始者はいたずら者でもあった
スサノオはクシナダヒメを連れて、出雲の須賀の地に新居の宮を造って住むことにした。スサノオがはじめて須賀の宮を建てた時、その地からさかんに雲が立ち上ったので、歌を詠んだ。「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」。そしてスサノオは、アシナヅチを呼んで自分の宮の首長に命じた。
このように英雄神・戦神として活躍する一方で、この神は「いたずら者の神・トリックスター」でもある。天上世界・高天原でさんざんいたずらをして姉のアマテラスを困らせ、岩屋籠りの原因を作った。オロチ退治においても、酒を飲ませるという一種のトリックを用いている。
◆マザコン神
スサノオはマザーコンプレックスの神であることも指摘されており、生まれてから大人になるまで母イザナミを慕って泣き続けた。姉のアマテラスを母親代理と考えて執着したのもマザコンゆえであろう。その意味では、彼は英雄神としては失格かもしれない。英雄的行為である蛇殺しによって得た剣を、姉に献上してしまったからだ。さらに、娘のスセリビメに固着するという側面もあり、これもまたマザコンの反映であろう。吉田敦彦らによれば、このマザコン・スサノオは、日本男児の原型であるらしい。
(参考文献;河合隼雄・湯浅泰雄・吉田敦彦『日本神話の思想 スサノヲ論』ミネルヴァ書房、1996年)