世界の「推せる」神々事典

タネ【ポリネシア神話】
――創造と豊穣、森と人間の神

神話学者の沖田瑞穂さん連載! 世界の神話に登場する多種多様な神々のなかから【主神】【戦神】【豊穣神】【女神】【工作神・医神】【いたずら者の神/トリックスター】【死神】などなど、隔週で2神ずつ解説していく企画です。あなたの「推し」神、どれですか?! 今回はポリネシア(ニュージーランド)神話の神から。

◆世界を司る【主神】/男神

創造と豊穣の神で、森の神。原初の時にくっついていた天と地を引き離し、人類の生死の起源に関わる働きをした。また人間の女を作り、人類の祖先となった。

◆天空と大地を引き離し、人間を作った

世界の始まりの時、天の神ランギと大地の女神パパは愛し合ってくっついていた。天と地の間に空間がないので、その間に生まれた子供の神々は窮屈な思いをしていた。タネは兄弟の神々と相談をして、天空と大地を引き離すことにした。彼は大地に肩をつけ、両足を大空につけて踏ん張った。次第に天空と大地は引き離されていった。ランギとパパは呻き声を発した。「この両親の愛を、なぜこのように殺すようなことをするのか」と。天空と大地がいよいよ遠くに隔たると、初めて世界に光が灯った。

まだ人間はいなかった。人間を作ったのもタネである。彼は土から女の形を作り、その鼻に生命を吹き込んだ。ヒネ・アフと名付けられたこの女はタネとの間に娘のヒネ・チタマを産み、ヒネ・チタマとタネの間にまた娘が生まれた。

しかしあるときヒネ・チタマは自分の夫が自分の父親であることを知り、恥ずかしさのあまり暗闇の地下の世界、大いなるパパ女神のいる世界へと旅立った。彼女が歩いた道が死への通路となった。タネが追いかけてきたが、ヒネは拒絶して地下界の入口を通り抜けた。この時から彼女はヒネ・ヌイ・テ・ポ、「夜の大女神ヒネ」となった。

ヒネはタネに、戻って光の世界の子孫の面倒を見なければならないこと、自分は闇の世界にとどまって子孫たちを待つことを宣言した。これにより、人間の生と死が定まった。

◆神話のモチーフの類似

原初のときに抱き合っていた天空と大地を引き離して今ある世界ができたという話は、「天地分離型」と呼ばれ、広く分布している。エジプトでは大地の男神ゲブと天空の女神ヌトが父神である大気のシュウに引き離される話が知られている。

タネは土から人間(の女)を作ったが、土からの人間の創造というモチーフも広く見られるもので、『旧約聖書』では最初の人間アダムは土のちりから作られたことになっている。中国では女媧という女神が泥から人間を作った。これらの神話は、粘土をこねて物を形作ることからの類推かもしれない。ギリシアで最初の人間の女パンドラが、土をこねて作られているのも類話と見ることができるだろう。

◆神話の「型」の類似

タネとヒネの話は日本神話のイザナキとイザナミの話と似ている。日本神話では、原初の女神イザナミは火の神カグツチを産んだために陰部を焼かれて死んでしまう。イザナキは愛する妻を追って黄泉の国に行くが、黄泉の国で妻に課された禁を破ったために連れ戻すことに失敗し、一人で地上に帰ることになった。このとき夫婦の神は決別の言葉を交わす。イザナミが「私はあなたの国の人々を一日に千人殺しましょう」と言うと、イザナキは「それなら私は一日に千五百の産屋を建てよう」と言った。これにより、一日に千人が死に、一日に千五百が生まれることになったという、死の起源神話であり、かつ人類増殖の起源神話となっている。

タネとヒネの場合も同様に、タネは闇の世界にヒネを取り戻しに行くが失敗し、その場で交わした会話により、人間の生死が決定づけられた。このような神話の類似は偶然とは思われないが、何によってもたらされた類似であるかの結論は保留としたい。

◆天と地をつなぐ世界樹として

タネは森の神である。その森であるタネが天空と大地を引き離したというところには、意味があると思われる。森はとうぜん樹木から成り立っているわけだが、タネはここで天と地の間をつなぐ樹木のはたらきをしたのだと解釈できる。一種の世界樹である。タネ自身が樹であるのだ。

(参考文献;アントニー・アルパーズ編著、井上英明訳『ニュージーランド神話』青土社、1997年)

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