鈴木家の箱

女神ちゃん

なぜか嫌ってくるクラスメイト。麻実子さんは、「違う形で出会っていたら親友になれていたかもしれない」と思っていましたが……

 中学のとき宣子という帰国子女のクラスメイトがいた。

 宣子は背が低く、牛乳瓶のような眼鏡をかけ、すこし癖っ毛の髪のおかっぱの女の子だった。私と宣子はグループが違かったので特に接点もなく、たまに当たり障りのない話をする程度の関係だった。
 しかし、あるときから私は宣子に意地悪をされるようになった。通りすがりに足をひっかけられたり、ずっとにらまれたり、最初は「気のせいかな?」と思えるくらいのことだったのだが、それはだんだんエスカレートしていき、あからさまに私に向かって暴言を吐いて来たり、筆箱の中に私が大嫌いな蟻を入れて高笑いしたりするようになった。
 私はそのとき実は、宣子との距離が近くなったような気がして少し嬉しかったのだ。なんでかわからないけど、宣子はいつも私にちょっかいを出してくる。いつも私を見ているし(にらんでいるのだが)、私が気になって仕方ないようだ。
 これはもう……と確信した私は意地悪をされるたびに宣子に向かって「私のこと好きなんでしょ」としつこく言っていた。宣子はそんな私の態度によりムカつくようで、「本当に大嫌いだから」と何度も返してきた。

 でも私は確信していたのだ。なんとも思っていないクラスメイトにこんなにからんでくるはずがない。好きか嫌いかのどっちかだが、嫌われるようなことはひとつもしていない。私はどんなに宣子に嫌がらせをされても笑っていたのだ。
 「ふざけんな宣子、蟻入れるのはマジでやめろ!」と言い返すことはあったが、宣子に攻撃的なことをしたことは一度もない。そんなときも宣子はとても嬉しそうに高笑いをしていた。「あんたの顔が嫌い」と言われたこともあるが、顔が嫌いなだけでこんなにからんでくるだろうか。むしろ嫌いなら距離を置くのが当然だろう。
 それならもう答えはひとつしかない。宣子は私が好きなのだ。ずっとそう思っていたので、私は宣子の嫌がらせに怒りを覚えることは一度もなかった。

 皮肉なもので、私が宣子の悪行を許せば許すほど、まわりの友人は宣子に怒りを覚えて嫌いになっていった。
 「なんであんなことされて怒らないの?」「調子に乗ってるじゃん。ムカつく!」とみな口々にすごく怒っていた。「宣子は私のこと好きなんだよ。仲いいってことだよ」と言うと「絶対本当に嫌いで意地悪してきてるんだよ。攻撃されてるの気づいて!」といろんな人に言われた。
 でも私はどうしてもそうは思えなかったのだ。むしろクラスで性格悪いと思われて孤立していってしまう宣子が少し気の毒だった。なので授業のグループ分けのときなどは積極的に宣子を誘ったのだが、「あんたとだけは嫌」とことごとく断られた。思いやりを持って誘っているのにひどい言葉でばっさり断る宣子が、私は面白かった。

 そんなある日、宣子が私を嫌いな理由が判明する。
 私はそのころ席の近い男の子に恋をしていたのだが、宣子もその彼のことが私よりずっと前から好きだったのだ。以前は宣子がその彼と席が近くて彼とよく話していたのに、今は私と彼が仲良くしているのを見て許せなかったらしいのだ。なるほど、一連のいじめは女の嫉妬心からくるものだったのだ。
 彼はノリのいいスポーツマンで、同じくノリのいい私と気が合った。宣子と話していたときよりも私のほうが気が合っているのは一目瞭然だったので、悔しかったんだと思う。
そうか、そういうことだったのかと私は合点がいった。それは少し悪いことをしたかもしれない。宣子が彼を好きだったのはクラスでも公然の事実だったらしいのだ。そういうのに疎かった私はそんなことも知らずに彼と仲良くしていたので、宣子からしたら地団駄を踏むような気持ちだったのだろう。
 しかし、だからといって身をひくわけにはいかない。最初からその事実を知っていたら好きにならなかったかもしれないが、私はもう彼のことを好きになっていたのだ。