◆最も恐るべき神々【死神】/男神
天空の女神ヌトと大地の男神ゲブの子。兄妹にセト、イシス、ネフティスがいる。イシスを妻とし、地上に平和と豊穣をもたらしたが、弟のセトに殺された。蘇ってのち、冥界の王となった。
◆弟セトの仕打ち
ギリシア人のプルタルコスがオシリスについてのエジプト神話を残している。それによると、エジプトの支配者となったオシリスはイシスと協力して地上を治め、人々に農耕や神々への崇拝を教えた。これを快く思わなかった弟のセトは、仲間を呼び集めてオシリスの身体の大きさに合った棺を用意した。
棺というとわれわれはシンプルな箱を思い浮かべるが、エジプトの棺は彩色が豊かにほどこされた立派なものであった。セトは、その棺に入って身体がぴったり合った者にこれをあげよう、と言う。当然、棺はオシリスにぴったりであった。オシリスが棺に身を横たえた瞬間、セトと仲間は蓋を固く閉じて釘を打ち、棺ごとオシリスをナイル川に沈めた。棺は北へと流れていった。
◆行方不明になったオシリスの身体の一部とは
悲しみにくれた妻イシスは棺を追っていき、王宮の建材となっていたオシリスの棺を見つけて取り戻した。イシスはエジプトに戻ってくると、オシリスの棺を隠しておいたが、セトがこれを見つけ、オシリスの身体を十四の断片に切り刻んで別々の場所に埋めた。ここでいう十四という数は、月の満ち欠けの数と関連があるかもしれない。農耕と関わるオシリスが月と結びつくのは必然であったともいえる。
イシスがばらばらにされたオシリスの身体を探し出したが、一か所、オシリスの生殖器だけはみつけることができなかった。魚となったセトが食べてしまったともいう。オシリスは蘇り、冥界の王となった。
オシリスとイシスの息子ホルスと、セトとの間で、オシリスの後継者の地位をめぐって長い争いが起きたが、最終的にホルスが勝利した。
◆日本神話オオクニヌシとの共通点
ここで紹介したオシリス神話は、日本神話のオオクニヌシと似ているところがある。
まずは「木の中に入って死に、そこから出て蘇生する」というモチーフである。オオクニヌシは兄である八十神に木の中に無理やり入らされて、木に挟まれて死んでしまった。母神サシクニワカヒメが木の中から息子を取り出して蘇生させた。他方、エジプトの棺は木製である。さらにオシリスの棺はヒースの木の中に取り込まれていた。
したがってオシリスもオオクニヌシも、木の中で死に、そこから出てきて蘇っている。これに関して、木の幹から誕生したアドニスの話も比較できるかもしれない。いずれにせよ、これら三神は豊穣や植物と関連する。
オシリスとオオクニヌシはまた、どちらも農耕を地上に広める役割を果たした。オシリスは葡萄の栽培を広めたとされているが、オオクニヌシはこびとの神であるスクナヒコナと協力して、粟をはじめとする雑穀栽培を地上に広めた。
オシリスとオオクニヌシに関してもう一つ、冥界の王となるという点も共通している。オシリスはイシスによって蘇り、その後冥界の王となった。オオクニヌシは、地上を豊かな地に変えたあと、その地上世界をアマテラスの子孫に譲り、自らは幽世(かくりよ)の主となった。冥界と幽世は似たものと考えてよいだろう。
つまりオシリスとオオクニヌシは、①木の中で死んで蘇る、②農業を地上に広める、③冥界の王となる、という点で特徴的な類似を示しているのだ。
オシリスの身体にぴったりの大きさの棺が作られる話は、『シンデレラ』の靴を彷彿とさせる。オシリスにとっては死へといざなうものとなった棺だが、シンデレラにとっての靴は幸福な結婚への道標となった。
(参考文献;矢島文夫『エジプトの神話』ちくま文庫、1997年)