◆ものづくりの神々【技巧神・医神】/男神
疾病の神アポロンと人間のコロニスの子。半人半馬のケイロンに育てられ、医術を学んだ。死者を生き返らせたことからゼウスの怒りに触れ殺されたが、後に蘇生され医術の神として神々の列に加わった。神々と人間の間に生まれた子らの中で、神々の仲間入りをした者は少ない。このアスクレピオスの他には、ゼウスと人間の女の間に生まれたディオニュソスとヘラクレスがこれに相当する。
◆医神アポロンの息子
テッサリアにコロニスという名の美しい王女がいて、アポロン神の寵愛を得ていた。アポロンは神としての仕事に忙しく、たまにしかこの愛人のもとに通うことができない。そこで慰みにと、白い烏(からす)を彼女に与えた。烏はこの頃、白かったのだ。
アポロンがコロニスのもとに通えない日々が続く中、この烏が、若い男がコロニスと親し気に話しているのを目にし、怒り心頭に発してアポロンに告げ口した。アポロンもまた激怒し、恐ろしい矢を射て愛人を殺してしまった。コロニスはこの時、アポロンの子を妊娠していた。アポロン神は、なぜきちんと真実を確かめずに殺してしまったのかと、激しく後悔した。そしてその怒りを烏に向けた。烏はこの時から黒くなり、永遠にコロニスの喪に服すこととなった。
アポロンはコロニスの胎から嬰児を取り出すと、半人半馬のケンタウロス族のケイロンに養育をゆだねた。医術に長けたケイロンのもとで、子のアスクレピオスは健やかに育ち、その生まれと育ちの両方によって与えられた医術の技によって、その名は全世界に広まった。
◆現代に生きる医神の象徴
しかし彼は人間の領域を踏み越えてしまった。死人を生き返らせてしまったのだ。冥府の王ハデスは激怒してゼウスに抗議した。ゼウスもまたこのままアスクレピオスを放置することはせず、雷によって彼を殺し、冥府に送り込んだ。
しかしアスクレピオスはその功績によって蘇生させられ、医神として神々の列に加えられた。
アスクレピオスの象徴として、蛇の絡まった杖がある。これは現代でもWHOのマークとして知られている。蛇は脱皮をすることから、若返りや蘇生を連想させるため、医神の象徴としてたいへんふさわしい。
◆死と蘇生の神話は日本にも
死んで蘇った医術の神という点で、アスクレピオスは日本神話のオオクニヌシに近い性質を持つ。オオクニヌシに関しては、ワニに皮を剝がれてしまった兎に治療方法を教えて助けてやったり、こびとの神であるスクナビコナを蘇生させたりといった神話が伝えられている。そのオオクニヌシは、兄たちの迫害から逃れて祖先のスサノオのいる根の国に行く。そこで何度も試練にあい、それらを克服し、最後にはスサノオから祝福を受けて、スサノオの娘スセリビメを妻に得て地上に帰り、兄たちを討伐する。根の国、すなわち死者の国に行って帰ってきたということで、この日本の医神も死と再生を経験しているのだ。あるいはこの死と再生こそが、医神のイニシエーションであり、これをもって医神としての資格を得たのだともいえるかもしれない。
山形孝夫によると、エピダウロスというところにあったアスクレピオスの神殿では、アスクレピオス医師団による治療が行われていたが、これはどうやら、外科的手術であったらしい。治療は夜間に行われる。そこで夢を待つ。夢の中にアスクレピオスが顕現し、驚異の手術を行うのだという。このような治療方法は、それまでの加持祈禱による治療とは異なる、まったく新しいものであったであろう。
(参考文献;呉茂一『ギリシア神話〈新装版〉』新潮社、1994年。
山形孝夫『治癒神イエスの誕生』ちくま学芸文庫、2010年)