世界の「推せる」神々事典

モリーガン【ケルト神話】
――祝福と呪いの戦女神

神話学者の沖田瑞穂さん連載! 世界の神話に登場する多種多様な神々のなかから【主神】【戦神】【豊穣神】【女神】【工作神・医神】【いたずら者の神/トリックスター】【死神】などなど、隔週で2神ずつ解説していく企画です。あなたの「推し」神、どれですか?! 今回はケルト神話から。

◆勇猛果敢な神々【戦神】/女神

三人一組の恐るべき戦いの女神の一人。戦場において自らは戦わず恐怖を撒き散らす。烏の姿で現われることもある。

◆ダグダとの情事

ケルト神話でとりわけよく 現われる「三つ組」の女神の一人がモリーガンである。その構成は、「亡霊の女王」モリーガン、「カラス」バッヴ、「激怒」ネヴィンか、あるいはマハである。この三女神は同一視されることも多く、その境界はきわめて曖昧である。彼女らは直接武器を持って戦うわけではない。戦場において、ただその存在のみで恐怖感をあたりに撒き散らす。

女神ダヌの一族のダグダ神はある時、コナハトの川のほとりでモリーガンに出会う。彼女は三つ編みにした髪を九本垂らし、両足を川の南岸と北岸に乗せて水浴をしていた。二人が交わった場所は「夫婦のベッド」と呼ばれている。モリーガンはこの時ダグダ神に戦場における援助を約束した。

◆英雄クー・フリンへの執着

モリーガンに関して、ケルト神話の英雄クー・フリンとの間にも興味深い神話がある。『レガウォンの牛捕り』という文献によると、眠っていたクー・フリンは大音響で目を覚ます。戦車に乗って出発すると、彼は異様なものを目にした。一本足の赤い馬が戦車を引き、そこには「赤い女」が乗っている。眉も服も赤い。戦車に乗る大男も赤い服をまとっている。クー・フリンに威嚇された女は鳥となってクー・フリンと会話を続け、戦争における援助を約束した。

また、『赤牛の書』(1100年頃の写本)が伝える『クアルンゲの牛捕り』本編によると、ある時クー・フリンのもとに、ひとりの若い貴族の女性がやって来て、自分はあなたを愛しているから、財宝と牛を贈りたいと言う。クー・フリンが女性の魅力になびかず不愛想にしていると、女は本性を現わした。彼女こそがモリーガンだったのだ。モリーガンは、最初の川の渡し場でウナギになってお前に巻き付くと言って脅し、次には雌狼になり、浅瀬では家畜を放ってやると言う。クー・フリンは投石器でモリーガンの片目をつぶし、また片脚を折り、自分の祝福がなければ治らないぞと脅す。物語が進むと、怪我をした老女が現われ、クー・フリンに祝福を受けて治してもらった。この老女がモリーガンであった。

クー・フリンの最後の戦いにおいて、彼が戦車に乗ると、彼の武器が足元に落ちた。クー・フリンは戦場で致命傷を受け、立ったまま死ぬために我が身を杭に縛り付けた。モリーガンは烏の姿となって彼の肩に留まった。彼の死を示すためかもしれないが、あるいはその死を悼むためであったのかもしれない。

◆なぜ「三つ組」なのか

モリーガンは部分的に北欧ゲルマンの神話のヴァルキュリアと似ている。どちらも戦女神で、地上における戦場に舞い降りる。「戦乙女」ヴァルキュリアたちは戦場で力ある勇士を選び、死の運命を定める。そして天界に連れて行き、来たるべき巨人族との戦い「ラグナロク」の重要な味方として、その時まで歓待を続けるのだという。

モリーガンの特徴は「三つ組の女神」というところにあるが、この三つ組はケルトでは頻出する観念である他、インド=ヨーロッパ語族の神話にも特徴的に現われる。たとえば三点一組の宝物の話などが各地に見られる。それだけではなく、そもそも世界の神話や昔話は「三」という数を好んで用いる。

筆者の考えでは、これはおそらく、「三」という数字が、文法的に、「私=一」、「あなた=二」でもない、最初の「他者=三」となるからではないだろうか。つまり最初の複数であり最初の他者として、「三」という数字が用いられているのだろう。

(参考文献;松村一男、森雅子、沖田瑞穂編『世界女神大事典』原書房、2015年、「モリーガン」の項目(渡邉浩司執筆)。
ミランダ・オルドハウス=グリーン著、倉嶋雅人訳、井村君江日本語訳序文『ケルト神話――古代の神々と伝説のガイド 』スペクトラム出版社、2018年。
プロインシァス・マッカーナ著、松田幸雄訳『ケルト神話』青土社、1991年)

関連書籍