妄想古典教室

第一回 おっぱいはエロいのか?

 インドで女神像がもっていた乳房表現がなくなってしまうのは、鬼子母神の場合だけではない。鎌倉の鶴岡八幡宮の弁才天坐像(13世紀)[fig.4]は、腰布で下半身を隠しつつも、全裸姿につくられ、着せ替え人形のように着物を着つけるようにつくられた裸形像である。上半身に関しては、まさに一糸まとわぬ姿なのだが、それなのに胸元の表現は驚くほど淡泊である。菩薩像はどんなになまめかしく女性的であっても性別は男性だから、乳房を持たないのは当たり前である。しかし、弁才天は女神像であるから、女性性を明らかにしてもいいはずなのだが、それでも仏像彫刻の定式に従って乳房の表現はなされなかった。わざわざ裸体につくったというのに、衣を脱がせたらエロティックな乳房が覗き見えるなどという趣向にはまったく興味がなかったらしい。性別を超越している分だけ崇高な姿だということになるのだろう。

[fig.4]鶴岡八幡宮蔵、弁才天坐像(『日本の美術』第137号 吉祥・弁才天蔵』至文堂、1992年)

 

 ところがすべての神仏の彫像が、乳房の表現をもたないかというと、そうでもなくて、鶴岡八幡宮にほど近い、江の島にある江島神社の妙音弁財天像には、実に美しくすてきな乳房が象られているのである。本像を調査した堀口蘇山は、『江島・鶴岡 弁財天女像』(芸苑巡礼社、1953年)において、「胸の勾配は清滝の如くに浄く、手で摩つて見たいような乳房の脹らみ、指先で摘んで見たいような乳首、手のひらでそうつと撫で廻して軽く叩いて見たいような感じのする腹部」と表現している、実に美しくも愛らしい体つきである。本像も鶴岡八幡宮の弁才天像と同様に、衣を着せるためにつくられたはずだが、現在は、裸のまま祀られている。

 江島神社のホームページには、「「裸弁財天」ともいわれ、琵琶を抱えた全裸体の座像です。女性の象徴をすべて備えられた大変珍しい御姿で、鎌倉時代中期以降の傑作とされています」とあって、「女性の象徴をすべて備え」(強調筆者)ているというのだが、果たして、本像には陰部までもがごく細かく掘り出されているというのだ。堀口蘇山いわく、「臍下三寸、両脚山中の秘部は〇〇も、〇〇もくつきりと刻出されてある。その人間的な余りにも人間的な純写生的芸術は日本唯一のピカ一なりと称しても敢て誇張的ではなからう」。この「〇〇」は、おそらく検閲のために抜かれたのではなくて、堀口自身による意図的なおぼめかしであろう。というのも、あとに「秘部」という項を別に立てて念入りに解説しているからである。ただし、この項に連動する口絵は、仰向けに寝かせて股間を正面から撮った写真だが、「その陰部が余りにも写実的であつて本物と同様な為に、その陰穴、核子、囲りの肉付等に大きい紙を貼つてそれを隠して製版」してある。実は、この本を出すにあたって、堀口蘇山は、わざわざ警視庁保安課に出向き、「法令に触るるかどうかを質し」ている。結局は、「出版した上でないと法令に触れるかどうかは今は言えないの一点張り」で埒が明かず、保安課に対するさんざんな悪態を『中外日報』(昭和二八年二月一八日発行)に掲載している。出版後に本書がおとがめにあった気配はなく、入念な写真操作によって事なきを得たのであろう。それにしても、あまりに写実的であるから、あえて紙で貼って隠したにもかかわらず、「読者はそのつもりで想像して写真を良く見て下さい」と告げているところなど、なかなかに蠱惑的である。はじめに「〇〇」とおぼめかしたにもかかわらず、後半には、「陰穴」「核子」などの語のオンパレードであるのも、どこか可笑しい。

 たとえば「臍の穴、秘部核子の下の孔、膣門の毳(あな)の三者はその自らが持つ持ちまえの形を写実的に彫り込んだ刀の扱い方、核子を包む秘部の囲りを脹らみつけた豊艶な肉取等に於ては遉がのロダンも素足で逃げるであらう」と讃え、この「母親にさい見せない女の大切な秘部を斯くまで忌憚なく写実し得た」作者の苦労を案じ、「夜間熟睡の時の写生であつただらうか、八、九歳の乙女子の陰部であるから或は写生には今私共が心配する程に苦労はしなかつたかも知れない」と勝手な思いをめぐらす。堀口によれば、これは八、九歳の童女の肢体だというのだが、それでいて、「手で摩って見たいような乳房の膨らみ、指先で摘んで見たいような乳首」だというのだから、ずいぶんと倒錯的である。ちなみに1960年刊行の堀口蘇山『関東裸形像』(芸苑巡礼社)には、陰部をうつした図版が修正を施さないままに掲載されているのだが、実は1953年刊の『江島・鶴岡 弁財天女像』にも付録が挟み込んであって、「国宝以上の至宝」とハンコの押された二つ折りの和紙をめくると、なんと口絵では紙を貼って修正をほどこしたはずの陰部のどアップ写真がでてくるしかけになっていたのだからまったく隅に置けない人なのであった。

 『関東裸形像』に収められた口絵のうち、とりわけ奇態なのは、堀口が全裸の女性に鶴岡八幡宮の弁才天像と同じかっこうをさせて写真をとっている点である。鶴岡八幡宮の弁才天像は腰巻をつけているのだから、なぜ生身の人間のほうが全裸でなければならなかったのかは謎だが、ともあれ、生身の女性の写真のほうは、顔と陰部に紙を貼られて修正が施されている。それなのに乳房は隠されてはいないのである[fig.5]。

[fig.5] 堀口蘇山『関東裸形像』(芸苑巡礼社、1960年)

 

 ところで陰部が造形されるのは、強い霊力の現れであるから、インドで、男根をシンボリックに象ったリンガと女陰をあらわすヨーニとの両方に呪的な力をみているのと同様に、世界の広汎にみられる民間信仰である。したがって、江島神社の妙音弁財天像が衣を着ていたとして、外からは肉体の気配も見えない像であったとしても、女陰を持っているというだけで、霊力のある像だということがいえるのである。見えること、拝むことを目的として作られたというよりは、そこに女陰が存在すること自体が意味あることなのである。

 インドのリンガとヨーニが、男根と女陰との性器部分のみを象っているように、ヨーニの先に乳房のあるなしは問われないにもかかわらず、江島の妙音弁財天像が、乳房を象っているのは、いったいなぜなのだろう。なぜ突如として乳房を表現しようと思い立ったのか。