T/S

すべてを演劇にするために、現在(いま)を研ぎすます

『T/S』刊行記念対談

「マームとジプシー」を率いる演劇界の若きトップランナー・藤田貴大さんが自身の演劇論と半生を虚構に託して綴った自伝的フィクション『T/S』の刊行記念として、藤田さんと長年の交友があり、舞台でのコラボレーションも行ってきた歌人の穂村弘さんとその読みどころ、魅力についてぞんぶんにお話しいただきました。

過去を踏まえ未来を見据えて現在(いま)に照準する

穂村 最後のところで時間の話になって、現在にあるもののすべてが未来になるわけじゃない、未来になるような現在を作らなきゃいけないんだけど、それができるかわからないということが言われるよね。あれ、舞台の上で観るとすごくわかるんだけど、言葉だけで読むと、スッとはわからない。でも、すごく感じるというか、よく若い人と喋るときに、現在から過去を見ると、まるですべてが必然であったように一本の道のように見えるんだけど、現在そのものは特別な時間でまったくわけがわからないじゃない?(笑)だけど、演劇では藤田くんは役者に指示を出したり、すべての流れやタイミングを制御するわけだから、わけがわからないってわけにはいかなくて、めちゃくちゃわかっているという体でやらなくちゃいけないよね。脚本を現場で書いていくっていうスタイルとも関係あるのかなと思うけど、現在という時間において迷ったときに、どうやってこっちだということがわかるんだろう。

藤田 それこそ二〇代のころは僕が決めなくてはいけないと思っていたのもあって、僕が方向性もなにもかも自分で決めていたけど、最近はキャストやスタッフも含めて、細かいことをよく話すようになったんですよね。たとえば、演目の内容には直接的には関わらないかもしれないけど――今朝のニュースはこうだったとか、また熊が出たねとか、社会や政治みたいなことだけじゃなくて、庭にドクダミがさあ、みたいに日常のほんの些細なことも話すようになった。
 結局、演劇は“現在(いま)”っていう時間にダイヤルを合わせる作業であって、その積み重ねをしていって、最終的に公演期間の間に、俳優も、観客も、その日、その時間に劇場まで足を運ぶという行為をするというのが演劇なので、そこにはやっぱり映画みたいに過去に生きた人は出演できないし、客席にも過去の人はいないんです。台本は上演まえにフィックスしていかなきゃいけないから、それ自体は過去のものなんだけど、パフォーマンスはやっぱり“現在(いま)”なので、台本とは別の部分で公演期間中も、開演ギリギリまで“現在(いま)”とダイヤルを合わせていく。という演劇の特性をかんがえると、必然的にたったいま思っていることを積極的にみんなと話すようになった、という流れがあった気がする。

穂村 『Dream a Dream』で船津(健太)くんがフィアットに乗ってるんだけど、車の中でキャラメル食べるのがなんか面白いんだよね。ボンネットが鹿に踏まれてボコボコになるというのは、取材された現実なんだろうなとわかるけど、フィアットでキャラメルはそういう意味では現実かはわからないのに、なんかわかるという手触りがある。以前の作の「デブみたいな声で笑っちゃった」という彼のセリフとかにしても。
 昔から、今日起きてからここに来るまでの話をしてくださいというワークショップはやっていたよね。

藤田 究極的には、僕の表現なんて全部がそれに尽きると思うんです。というか――今朝起きて、ここに来るまでの道みたいなことが、演劇のほぼほぼすべてなんじゃないか、と。穂村さんが言ってたとおり、結局、家から劇場へやってきて、そこである時間を過ごして、また家まで帰るというまでが、演劇だろうと。そこは、自分のなかで昔っからブレてないです。

穂村 ふみちゃん(小椋史子)はわりと素の感じに近く見える。でも召田(実子)さんは実際はあんな人ではないわけで、この俳優ごとの距離感はどういうものなんだろう。

藤田 俳優との関係は、年を重ねるごとにますます面白くなってきていますね。ふみちゃん、身体の振りかたというか、役柄へのアプローチに感心するところがあって、素ではなくて、ちゃんと演じているんですよね。本当のように演じている。だから、任せられる部分も多いなあ、と最近はどんどん頼れるゾーンが増えていますね。
 実子は根本的にあまり器用なほうではないので、「演じてほしい」と言ってもうまくできるタイプではなくて、探り探り試行錯誤しながら彼女の内側のフィクション、というか役を演じるというテンション、リアリティを僕の言葉で上げていくような作業ですね。リハーサルでは。
 だから、一人一人作業が違うので、それが面白いんですよね。演出の立場からみんなを観察して、作品にしていくのは。しかも、年齢を重ねるごとにまたちょっと複雑さや、逆にシンプルになっている部分があったり――二〇代のころとはまるで作業が違うんですよ。同じ言葉ではできなくて、今の年齢なりのその人のよさを探っていく。さっきも言ったようなことですけど、僕だけでそれができるわけじゃなくて、みんなと話していくなかで、その人のよさ、面白さ、ややこしさを見つけていくようになっている。
 あと、これは演劇に限らず――大学時代あたりに周囲の関係性の中で当時思い描いていた未来って、あったと思うんだけど――この歳になると、あの思い描いていたイメージと、たったいま目のまえの現実との、決定的なズレをひしひしと感じるようになって――それが切ないですよね。

穂村 ぜんぜん現実の世界は良くなってないという話があったけど、それもよく感じることで、特に僕の歳だと、自分たちが若い頃やったことがそのままいまの現実になってるわけだから、「自分だけじゃなくて、みんなでやったことだから、責任は何万分の一じゃん」と言い訳したくなるんだけど、未来に選ばれる現在を作りたいと思ってやっていても、その未来が現在になったとき、少しもいいものじゃなかったということを突きつけられる。

藤田 『equal』では自分の最新の言葉を配置して、現在とか過去とか未来みたいな話にエッジを利かせようとしたんですけど、客席には響いてない人もいっぱいいるなと思ったんです。それで、『Dream a Dream』を発表するときに、言いたいことの核心は同じにしても、言葉の硬さみたいなハードルをもう少し下げたところで描きたいと意識してみたんですよね。具体的に言うと、モノローグよりもダイアローグの領域を広げてみた。『T/S』も、もしかしたらそういう作業のひとつだという気はしているんです。
 僕の作品への観客が何人いるかわからないけど、その観客の人たちにいろいろと違う角度を提示していくというのが、 最近僕が考えるリフレインになっていて。ちょっとまえは作中でずっとリフレインすることがリフレインだったんだけど、いろんなタイプの表現――マームとジプシーはいま「演劇を美術として展示する」ということにも力を入れていたりするんですけど――そのいろんなアプローチで言葉を届ける、発表形態を変えながらリフレインするというを最近は意識して取り組んでいます。そう言葉を立体的に提示していったときに、どう受け取られるのかということを期待している、というか。
 僕は高校のときから穂村さんのファンですけど、歌集から受け取ることとエッセイ集から受け取ることはもちろん違うんだけど、でも穂村さんってところで根底では繋がってるから、例えばこの歌が拡張してこのエッセイが書かれてるのかなというふうに読んでいるんですよね。
 だから、演劇や小説や美術でそれぞれの言葉の出し方の違いというか、そのグラデーションをどう付けるかがいま一番やりたいことかもしれない。

2024年7月3日更新

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藤田 貴大(ふじた たかひろ)

藤田 貴大

1985年4月生まれ。北海道伊達市出身。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻。2007年マームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当する。作品を象徴するシーンを幾度も繰り返す“リフレイン”の手法で注目を集める。2011年6月―8月にかけて発表した三部作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。以降、様々な分野の作家との共作を積極的に行うと同時に、演劇経験を問わず様々な年代との創作にも意欲的に取り組む。2013年に太平洋戦争末期の沖縄戦に動員された少女たちに着想を得て創作された今日マチ子の漫画『cocoon』を舞台化(2015年、2022年に再演)。同作で2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。その他の作品に『BOAT』『CITY』『Light house』『めにみえない みみにしたい』『equal』など。著作にエッセイ集『おんなのこはもりのなか』、詩集『Kと真夜中のほとりで』、小説集『季節を告げる毳毳は夜が知った毛毛毛毛』がある。
(撮影・篠山紀信)

穂村 弘(ほむら ひろし)

穂村 弘

1962年北海道生まれ。歌人。90年、『シンジケート』でデビュー。現代短歌を代表する歌人として、エッセイや評論、絵本など幅広く活躍。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、連作「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。

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