T/S

すべてを演劇にするために、現在(いま)を研ぎすます

『T/S』刊行記念対談

「マームとジプシー」を率いる演劇界の若きトップランナー・藤田貴大さんが自身の演劇論と半生を虚構に託して綴った自伝的フィクション『T/S』の刊行記念として、藤田さんと長年の交友があり、舞台でのコラボレーションも行ってきた歌人の穂村弘さんとその読みどころ、魅力についてぞんぶんにお話しいただきました。

劇場は冷やしてはいけない!?

穂村 演劇は信じられないほど厳しいジャンルだと思っていて、例えば短歌とか小説は、 書いたときと十年後、百年後とで変わらないわけだから、自分が死んだ後でも同じものとして残ってるわけだよね。さっきの、ある一回の公演で響いてないお客さんがいるのは当たり前のことで、めちゃくちゃ響く人がいて、まあまあな人もいて、そしてもう二度と観ないって人も一定数いるんだと思うけど、それが本とかでは、少数でも深く響く人がいれば、ある意味、永遠に残るし、むしろ全員に響かせようとすると、長い年月の中で消えてしまうこともある。
 前に藤田くんが客席の温度のことを話していて、全員にとってちょうどいいのがベストなんだけど、個人差もあるし、場所によって違ったりもするから、二択ならやや高めにすると。寒いと舞台は観られないけど、ちょっと暑いくらいなら観られるから、迷ったときは少し高めに設定すると言ってて、めちゃくちゃ演劇は厳しいジャンルだと思った(笑)。

藤田 『Dream a Dream』を上演したルミネゼロは下がバスタ新宿になっていて、小さな地震だと勘違いしてしまうくらいバスの振動が響くし、またルミネ自体が基本かなり冷やすんですよね。ショップだと、お客さんは何時間もそこにいるわけではないから暑いほうが嫌がられるので、店員さんが寒くてもかまわず、自動で冷やしてくるんです。でも、冷えると、人って笑わないんですよ(笑)。体が緊張して。そこで制作や舞台監督と、もう喧嘩みたいなトーンで、劇場内の温度について「絶対そんなに寒くしたらダメだよ!」って話し合う。温度だけじゃなくて、客席をコの字にする際に、ちょっとした角度をいじるだけで一体感が変わったり――ということが、演劇にはいっぱいあるんです。

穂村 集客がどんどん増えるサイクルとどんどん減るサイクルの分岐点がどこかにあると思うんだよね。わからないけど、お客さんが一〇〇人いて五一人が面白いと思ってくれたら増えていくけど、四九人だと減っていってゼロになっちゃう、みたいな。もしも少数の人に深く刺さるものでいいとした場合に、その少数の人が一〇回観てくれればお金的には辻褄があうけど、一〇回は観ないでしょ。二回だってなかなか観ない。そうすると、深く刺さる層とは別にかなり刺さるみたいなところもちゃんとカバーしないと存続できないジャンルってことだよね。本とかで言ったら非常に厳しいことを課せられているわけで、今回の公演にしてもフルに集客できててすごいと思った。難解というわけではないけど、わかりやすい芝居でもないから、みんな何を目当てで来ているのか、訊きたくなる(笑)。やっぱり藤田くんのファンも多い?

藤田 ぜんぜんいませんよ(笑)。でも、こないだ『T/S』にサインをするというのをやっていたんです。終演後に。それは決まって男性なんですけど――僕と話すときに、明らかに緊張した様子で、声とか手が震えている人たちがかなりいてびっくりしました。

穂村 どんな目的にせよ、あそこまでわざわざやってきて、何時間かじっと観ているって体験をするのはかなりのことだから、求めるところを知りたくなるね。

藤田 手を震わせながら、「藤田さんはもっとアフタートークしたほうがいい」とか強めなことを言ってくるんですよね(笑)。なるべくしたくないんですけど、アフタートーク。あと、最近はなぜかCDを渡してくる人が多い。

穂村 自分たちの音楽を聴いてくれってこと?

藤田 そうそう。

穂村 そういう人は昔からいるの?

藤田 まあまあ、いましたけど。最近ますます増えてる気がしますね。ひとつの公演で五、六枚くらいはもらうかな。全部、聴いています。

2024年7月3日更新

  • はてなブックマーク

特集記事一覧

カテゴリー

藤田 貴大(ふじた たかひろ)

藤田 貴大

1985年4月生まれ。北海道伊達市出身。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻。2007年マームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当する。作品を象徴するシーンを幾度も繰り返す“リフレイン”の手法で注目を集める。2011年6月―8月にかけて発表した三部作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。以降、様々な分野の作家との共作を積極的に行うと同時に、演劇経験を問わず様々な年代との創作にも意欲的に取り組む。2013年に太平洋戦争末期の沖縄戦に動員された少女たちに着想を得て創作された今日マチ子の漫画『cocoon』を舞台化(2015年、2022年に再演)。同作で2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。その他の作品に『BOAT』『CITY』『Light house』『めにみえない みみにしたい』『equal』など。著作にエッセイ集『おんなのこはもりのなか』、詩集『Kと真夜中のほとりで』、小説集『季節を告げる毳毳は夜が知った毛毛毛毛』がある。
(撮影・篠山紀信)

穂村 弘(ほむら ひろし)

穂村 弘

1962年北海道生まれ。歌人。90年、『シンジケート』でデビュー。現代短歌を代表する歌人として、エッセイや評論、絵本など幅広く活躍。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、連作「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。

関連書籍

藤田 貴大

T/S (単行本 --)

筑摩書房

¥2,200

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入

穂村 弘

彗星交叉点 (単行本)

筑摩書房

¥1,540

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入