単行本

「文化の普遍理論書」が遂に邦訳! 人間がもつ「ステイタス」への根源的な欲望を探求し、文化の発生過程を描き出す
本書より「日本の読者に向けた序文」を公開

『AMETORA――日本がアメリカンスタイルを救った物語』が大きな話題となったデーヴィッド・マークス氏の新著『STATUS AND CULTURE――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学』が遂に刊行! 人はなぜ集団で特定の習慣を好み、やがて別の流行に移行するのだろうか。なぜあるものが 「クール」になるのか? スタイルの革新はいかにして生まれるのか? 〈文化の謎〉に迫る本書が書かれた背景をより深く理解するべく、邦訳版のために書き下ろされた序文を一挙お届けする。(訳:黒木章人)

 二〇一五年、わたしは『AMETORA――日本がアメリカンスタイルを救った物語』を上梓した。この本では、一九六〇年代にアメリカのカジュアルウェアが日本で受け容れられ、その日本版が世界中から高い評価を得るまでに至った過程というミクロな歴史を追った。ファッションを扱った書の大半とは大きく異なり、『AMETORA』は衣服のデザインや芸術性ではなく、個人、企業、メディア、そして若年消費層の相互作用からいかにしてトレンドが生み出されるのかをテーマにしている。スタイルの変遷は、ファッションだけではなく文化についても何かしらを明らかにする。日本のカジュアルウェアはアイビールックからアンチ・アイビーのヒッピールックへと向かい、やがてそのふたつは融合してヘヴィーデューティースタイルとなった。それがプレッピースタイルのリバイバルを経てアンチ・プレッピーのデザイナーズ&キャラクターズブランドのブームにつながり、そこから先は大量輸入されたアメリカの古着を介して裏原宿系ストリートウェアのスタイルへと発展した。こうしたトレンドは "時代の流れ" を反映したものにとどまらず、むしろ多くの場合 "時代の流れ" を作り出した。言語と同様に、文化も独自の内部理論に衝き動かされるのだ。

 二〇二二年に出版した本書『STATUS AND CULTURE――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学』は、そのタイトルだけを見れば『AMETORA』とはまったく異なる内容のように思われるかもしれない。しかしこの第二作もまたファッションを、流行(fashion)というより広い意味で扱っている。学生時代、わたしは "一体どうして文化は時間の経過とともに変化するのか" という〈文化カルチャーの大いなる謎〉の答えを知りたかった。てっきり誰かがすでに解き明かしていて、本のかたちでまとめているものと思い込んでいたのだが、探していた答えが載っている書物は一冊も見つからなかった。学者や研究者の大半は、理論面と個人面の両方の観点から流行を毛嫌いしている。流行は不真面目で、軽薄で、不合理で、無意味で、変化のためだけに変化する―そう捉えている節がある。 

 しかしながら流行は文化を、ひいては人間の本質を理解するためには必要不可欠な要素だ。美術史家のクエンティン・ベルは自著『On Human Finery(人間の装い)』で、ミバエが遺伝学を学ぶうえで最も初歩的な研究対象であるのと同様に、流行は文化を研究するうえでまさしくうってつけの対象であると記している。流行は人間の活動のなかでも最も明快な分野であり、そこには普段は眼に見えない文化の力学ダイナミクスが往々にして姿を見せる。社会および自分自身を理解するには、文化の変化をより理解する必要がある。文化はわたしたちの生活の質Q O Lを左右するだけではない。文字どおり人間を人間たらしめるものなのだ。動物は本能のままに生き、コンピューターは純然たる理論で動く。しかし社会的相互作用のなかで特別な価値を創出するのは人間だけだ。文化は、ややもすると "恣意的な行為" と見なされる人間の行動に意味を与える。流行を無視することは、人間としての経験のなかで最も人間くさい部分に無関心であることにほかならない。

『AMETORA』が文化についてのケーススタディだとするなら、さしずめ二作目の『STATUS AND CULTURE』は文化の発生過程を描いた難解な見取り図だ。本書では、歴史学、人類学、社会学、経済学、心理学、神経科学、芸術および文学理論、そして言語学を総動員し、流行とサブカルチャー、大衆文化マスカルチャー、レトロ、そして芸術は、すべて社会における〈ステイタス〉を求める人間の欲求によって惹き起こされる、同一の社会的メカニズムの一部だという事実を提示している。文化の謎の解明に取り組んでいるうちに、ステイタスを通して見れば、文化の "非合理的な部分" が極めて合理的に見えてくることがわかってきた。

 本書では、実に多くの異なる分野と時代と地域における事例およびケーススタディを参照している。この "何でもあり感" は意図したものだ――わたしは文化のメカニズムの "普遍性" を示したかったのだ。日本の読者には馴染みがないであろう事例も多く取り上げているが、そうした文化的ルールはすべて日本にも当てはまるものだ。逆に参考になった日本の例も数多くあった。ここでひとつ挙げるとすれば、一九九〇年代前半の東京の私立高校に通う裕福な家庭のコギャルから九〇年代後半の地方出身の不良女子高生たちのガングロへの極端な変化ほど、サブカルチャーのスタイルのダイナミクスを明示するものはない。

 文化および社会については、ピエール・ブルデューやジャン・ボードリヤールといった学術の貴顕たちが同様の理論を提唱してきた。その内容は万人にとって重要なものだと、わたしは強く信じているが、あまりにも長きにわたって難解な学術文献の暗い片隅に埋もれつづけてきた。彼らの研究を基礎とし、彼らが論じてきた文化についての知識により多くの人々が触れることができる、最も手に取りやすい書として一冊にまとめ上げたものが『STATUS AND CULTURE』だと、わたしは自信を持って言える。本書は文化を理解するための――そして文化を変えるすべを学ぶためのマニュアルだ。

 二〇二四年三月 日本の東京にて



新聞、雑誌で大絶賛された傑作ノンフィクション
『AMETORA――日本がアメリカンスタイルを救った物語』著者が描き出す「文化の謎」
「ニューヨーク・タイムズ」「ウォール・ストリート・ジャーナル」賞賛!
本書は文化を理解するための―― そして文化を変える術を学ぶためのマニュアルである。
STATUS AND CULTURE――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学​

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