はじめに
「何回言えばわかるの! いいかげんにしなさい!」
いらだつ気持ちを抑えきれずに、小さな子に感情的になっている親を見かけることがあります。
片付けたばかりの部屋をすぐに散らかす。家を出る時刻になっても、まだ着替えない。汚れた手のまま、平気でおやつを食べる。
親の期待どおりに、子どもは動かないものです。
強い口調で「何回言えばわかるの!」と親が子どもに伝える様子は、めずらしくないでしょう。
子どもを一方的に叱りつけ、うんざりした顔をしている親。反対に、自分が叱られているという実感すらないように見える子。最後には納得のいかない表情で「ごめんなさい」と小さくつぶやきます。
あきらかに親子のコミュニケーションはかみ合っていません。
でも、こうした光景が当たり前になっている家庭はよく見られます。
「元気な男の子だから、仕方がないのよね……」
「素直に言うことを聞くタイプではないみたい……」
「もう少し大きくなれば、きっと落ち着くだろう……」
うまくいかない理由を並べながら、親は日々をやり過ごします。行動が変わらないのは、子どもに原因があるから、というのが前提です。
もちろん、遺伝や性別の影響もあるでしょう。発達や性格の問題もあります。
しかし、子育てがうまくいかない理由はそれだけではありません。
子どもの行動を決定している要因は、親のことばの教え方にもあるのです。
子どもが同じ行動をくり返すということは、すでにはっきりと一つの答えが出ています。親はたしかに何回も言ったのかもしれませんが、子どもに正しく伝わってはいないのです。
「言ったこと」と「伝わったこと」が必ずしも一致するとは限りません。これは残念ながら、紛れもない事実です。だから、このまま変化がなければ、親にとっては「何回も言ったという事実」と「いらいらする気持ち」だけが、ただつみ重ねられるだけです。
このように説明すると「じゃあ、親はどうしたらいいの?」と思われるかもしれません。その答えを出すためには、「子どもにことばが正しく伝わる」ということについて、真剣に考えてみる必要があります。
本書では、大人が子どもに対して、特定のことばの意味や価値を教えることを「ことばの教育」と呼びます。ことばの学び方によって、人の成長は大きく変わります。先ほどの例で言えば、子どもが親の言うことを聞かないのは「ことばの教育」の結果と考えられるのです。
ことばには知らず知らずのうちに築いてきた価値観が反映されています。それは絶えず変化をしながら、着実につみ重ねられてきたものです。ことばに対する価値観が子どもの行動を決定していきます。
大人が気づかないうちに、子どもはことばの意味を誤って学習していることがあります。言動に違和感を抱くとしたら、それはことばの学習の結果である可能性があるのです。
だから、子どもをよりよい方向に変化させたいのであれば、考えなければいけないのは「ことばの『意味』と『価値』をどう伝えるか」なのです。
本書では、筆者の小学校教師の経験をふまえて、ことばの理解が子どもの成長にどのように関わっているのかについて明らかにします。家庭や学校でよく見られる事例を手がかりにしながら、いっしょに確認をしていきましょう。
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