仕事が人を選んでやってくるのだから、わざわざ仕事なんて選ばなくてもいい。どんな人間でいたいのかだけを考えていればそれでいい。ふだんから僕はそんなふうに考えているし、これまでもそうやって生きてきた。
とはいえ、やっぱり中高生のみんなは、将来どんな仕事がしたいのか、どういう働き方をしたいかと、あれこれ考えてしまうだろう。
そこで、今回はみんながこれから仕事について考えるときに、ぜひ頭の隅に置いていてもらいたいことを書いてみることにした。もちろんこれは僕がそう思っているだけのことだから、あまり真に受けなくてもいいよ。
好きか嫌いか
たぶんみんなはこの先、自分は何が好きなのかを基準にして、仕事選びを考えることが多くなるはずだ。自分のやりたいことをやりなさいと、訳知り顔の大人たちも言うだろう。好きなことを仕事にする、好きなことで生きていく、ってやつだ。もちろん、どうしてもやりたくないことを我慢してやるのは心にも体にも良くないから止めたほうがいいと僕も思う。
楽器の演奏にせよ、読書にせよ、映画鑑賞にせよ、友だちとのバカ話にせよ、自分の好きなことをやっているときは時間が経つのを忘れてしまうほど夢中になるものだし、仕事もそんなふうに夢中になれると楽しいだろう。
けれども、じつは仕事選びには好き嫌いのほかにいくつかの大切な要素があると僕は思っている。
出来るか出来ないか
出来るか出来ないかは一番大きな要素で、つまり僕はいくら野球が好きでもプロ野球選手にはなれない。プロの野球選手として必要な能力がそもそも備わっていないのだからしかたがない。努力でなんとかなる部分もあるけれども、ならないことのほうが多い。だから僕がどれほど選ぼうとしても、プロ野球選手という仕事のほうが僕を選ばない。もしも何かの間違いで選ばれてしまったら僕はちょっと焦るし、たぶん選んだほうもかなり焦ることになると思う。
向き不向き
出来るか出来ないかよりも、少しだけ手が届きそうなのが、その仕事に向いているか向いていないかだ。誰かに誘われると、特に深く考えもせずホイホイと何でもやってみる僕でも、向いていることと向いていないことがある。けっして、できないわけじゃない。やればできる。けれども向いていないのだ。好きだからといって、それが得意だとは限らないのだ。
お恥ずかしながら僕は接客業には向いていない。飲食にしても小売りにしても、お客さんと軽く会話をしながら注文をとって商品をお出しすることは、別に嫌いじゃない。好きか嫌いかと問われたら、きっと僕は好きだと答えるだろう。ところがこれが僕には向いていない。基本的に僕はあまり感情を表に出さないし、他人にさほど興味がない。なにせ、チャンスがあれば一日中ずっとゴロゴロしたいと思っている人間なのだ。接客業はまめじゃないとできないし、人が好きじゃないと苦労する。つまり僕には向いていないのだ。
得意不得意
向き不向きと似ているので、なんとなく間違われやすいのが、得意不得意だ。けっしてその仕事には向いていないし好きでもないけれども、なぜかそれが得意ということがある。その逆に、好きだし向いているのになぜか苦手だということもある。向いているからといってそれが得意だとは限らない。適性テストなどの結果をみればわかるだろう。あなたはこれに向いていますとテストの結果は告げてくるけれども、どう考えても得意ではないことがある。
向き不向きが性格的な面での相性だとすれば、得意不得意はたぶん能力的な相性なのだ。仕事選びの点からいえば、たとえその仕事が嫌いでも、向いていなくても、それを得意にしていると、仕事から選ばれる場合がある。
運不運
そしてもう一つ。仕事選びに欠かせない要素がこれだ。就職の面接に合格するしないという運もあるけれども、もっと大きな運もある。たとえば君に、巨大な丸太を素手で何本も抱えて運べる能力があって、それが大好きで、得意で、しかも性格が丸太運びにとても向いていたとしても、今この日本で丸太を素手で抱えて運ぶ仕事はあまりない。時代と場所が違えば、もしかするとものすごく役に立ったかもしれないけれども、残念ながらそうではない。こればかりは運でしかない。
お金のこと
これまでに何度か書いているから、ここではあまり詳しく書かないけれども、お金もやっぱり重要な要素の一つだ。仕事そのものと支払われるお金とは無関係だと僕は考えているけれども、それでも仕事選びをするとき、多くの人はお金のことも考えるにちがいないからね。
まだまだ要素はたくさんありそうだけれども、ざっと思いつくだけでも六つの要素が出てきた。さて、君たちが「将来どんな仕事をしたいか?」と先生から聞かれたとき、これらの要素をどう考えればいいのだろうか。そして、どのように組み合わせれば、僕は働かなくてすむのだろうか。そのあたりを考えてみたいと思う。