ちくま新書

ラクで合理的な「人生を変える英語学習」!
『理系的 英語習得術』ためし読み

仕事上英語が必須の理系著者が、誰でも実践できる習得ノウハウを厳選して大公開した『理系的 英語習得術――インプットとアウトプットの全技法』。英語に苦手意識を持っていた京大生たちと実践した「楽しく」英語を勉強する秘訣とは? どこが「理系的」で、なぜ「結果を出せる」のか? 本書の「はじめに」より記事公開します。
illustration=タケウマ


■「理科系」による逆張り

 最初に、自己紹介を兼ねて英語との付き合いについて話しておきたい。私は地球科学を専門とする研究者だが、京都大学で24年間にわたり科学研究と教育に携わってきた。
 もともとサイエンスは国境を越えたものであり、研究成果は必ず英語で学会発表し、かつ最終的に英文の論文に残さなければならない。英語を過不足なく日常的に使うことは、科学者の私にとっては必須の条件であった。京都大学に着任する前の18年間は通産省(現・経済産業省)の研究所(工業技術院地質調査所)で火山学の基礎研究に携わっていた。つまり、東京大学理学部地学科に進学してからほぼ半世紀間、英語で仕事をしてきたことになる。
 本書のタイトルを『理系的 英語習得術』としたのは、英語を日常的に使いこなさなくてはならない環境で仕事をしてきた自分の立場をまず明確にしたのだ。また、システマティックで合理的な英語の勉強法、すなわち誰にでもできる「習得術」を読者に伝えたいと思ったからである。
 本書では巷で流布している勉強の「逆張り」を敢えて行なう。近年誕生し注目を集めているChatGPTをはじめとする生成AIなどを使いこなせば、もうこれまでのように英語を勉強しなくてもいいのではないか。そう思う向きもあるかもしれない。
 しかし極言すれば、生成AIを使えば使うほど英語力はどんどん「退化」する。私はそう考えるからこそ、ホンモノでオールラウンドな英語力を自分のものにする勉強法、習得術を本書で伝えたいのだ。
 エレベーターやエスカレーターにばかり乗っていたら脚力が確実に落ちていくことはご存じだろう。よって、まず生成AIがこのエレベーターであることに気づいていただきたい。
 本書で目指すのは、AIなどのテクノロジーに頼らずとも、自分に降りかかる課題を英語という強力なツールを用いて解決する「自前の能力」を搭載することである。

「楽しく」英語を勉強する

 私は京大で24 年間学生や院生たちと付き合ってきたが、彼らの英語力のなさに愕然としたことがある。
 「えっ? 京大の学生が?」と驚かれた読者もいるだろう。しかしながら実際の彼らは、読み書きだけでなく国際会議で本質的なディスカッションをする能力が足りず、苦戦する姿を私は何度も目の当たりにした。
 そして何よりも、英語を楽しんで使っていないのが気になった。
 私自身は中学生の頃から、英語の勉強は「とても楽しい!」と思っていたからだ。英語が使えると世界が広がる、何と素晴らしいことだろう、というワクワク感が彼らには感じられないのだ。でも、楽しいと思った私が特殊な環境や能力に恵まれていたからではない。
 学生たちは私に「楽しく英語を勉強する方法ってありますか?」と尋ねてきたが、答えは常に「イエス」だった。
 それを聞いた学生が「信じられない!」という顔をしたことに、私はまた驚いた。彼らは京大に入るためそれなりの苦労を積んで勉強してきたはずだが、英語を「楽しく」勉強した経験がないのである。
 そこで京大の「地球科学入門」の講義でもたびたび脱線して、英語の重要性や、楽しく効果的な勉強法について熱く説いてきた。本書で縷々解説を加えていくのは、まさに英語に苦手意識を持っていた京大生たちに教えてきた内容と同じである。
 私の学生時代を振り返ると、教育実験校の1つである筑波大学附属駒場中学校(当時の名前は東京教育大学附属駒場中学校)で、音声学習重視の環境で英語を学び始めた。
その頃には珍しいLL教室があり(LLとはLanguageLaboratory の略)、オーディオとビデオなどの機器を使って外国語を学んだのである。
 学習の最初から音声面の訓練をみっちりやったわけだが、それは私の勉強に関する自信につながり、高校では英語が一番得意な科目となった。
 東京大学理科Ⅱ類に入学してからも英語に親しむことを忘れず、ジェームズ・ワトソン著『遺伝子の分子生物学』(1965年初版)やカール・ロジャース著『カウンセリング』(1942年初版)、『精神療法』(1951年初版)などの英文テキストを、サークルの仲間と輪読したりした。
 そして就職後にどのように英語を使って仕事をしてきたかは冒頭で述べた通りだが、現在まで半世紀以上、英語を「楽しみながら」勉強し続けてきたことになる。
 本書では、その半世紀におよぶ私の蓄積を惜しみなく披露したい。
 日本では、たいへん残念ながら私のように英語が好きな人は決してマジョリティではない。市民向けの講演会で質疑応答を行なうと、「英語にはほとほと悩まされました、いまも四苦八苦しています」というビジネスパーソンは少なくない。
 そこで彼らに「どのように英語を勉強してきましたか?」と尋ねると、まったく考えてこなかったか、場当たり的な勉強を続けている場合がほとんどである。その結果として、上達しないトラウマになってしまった人もいる。本書ではそうした人のための「特効薬」を提示したい。

勉強法の「カスタマイズ」

 さて、具体的に本書の構成を案内しておこう。

第Ⅰ部「英語勉強法の点検と整備」
第Ⅱ部「英語を使いこなす基本技術」
第Ⅲ部「合理的なアウトプット術と英語の活用」


の3 部構成で、最終的に英語で知的アウトプットを生産することを目標とする。
 ひとことで言えば、英語情報のインプット、アウトプット、未来の活用、の3 項目を見据えて学習を進めていくことになる。
 このようなガイドラインを思い描けば、英語を学ぶことは無味乾燥な暗記ではなく、自分のキャリアパスにとって非常に大事なツールとなることが納得できるだろう。
実は本書の説く勉強法は、英語に限らず全ての学習と知的生産に応用できることも、念頭においてほしい。
 本書の目指すところは漠然と英語を学んだり使えない知識を増やしたりというのではなく、はっきりした形を持った「知価」の高いものを英語でアウトプットすることにある。
 そのために必要な基本的な理念(考え方)と、実際の場面で役に立つ具体的なテクニックの両方を伝えたい。言い換えれば「戦略」(ストラテジー、strategy)と「戦術」(タクティクス、tactics)と言っても良いだろう(この言葉は本文でもたびたび登場する)。
 ここで1 つ断っておきたいのは、私は英語という言語の研究者ではないし、教科の英語そのものを教えてきた教師でもない。つまり、英語の専門家ではない一学習者が、修得・勉強のコツをお伝えするということである。よって、学習キャリアがちょっと長い先輩から教わるような感じで気軽に受け止めてもらえれば幸いである。
 もう少し言いたいこともある。「英語の達人」はともすると、プロの観点から、一般読者にとってはとても敷居の高い指示をしたりする。時にはそれによって英語が嫌いになることが往々にしてあるのだ。偏差値の高い名門校出身の京大生に、そうしたかわいそうな学生をたくさん見てきた。
 それに対して本書では、英語をツールとして使ってきた科学者の立場から、本当に役に立ったことだけを選んで解説した。そもそも科学技術が世に受け入れられたのは、苦労の少ない方法を提供してきたからだ。
 本音を言うと、自分の頭と時間はできるだけサイエンスに割きたいのだから、英語にはエネルギーを注ぎたくない。したがって、ユーザーとして最低限必要なテーマに集中して学習ノウハウを開示したのである。これは多くのビジネスパーソンも同じではないかと思う。
 本書では私のエピソードを中心に語ってゆくが、長年英語で論文を書き学術講演を続けた経験から、ユーザーとしての立場から「ラクして成果が上がる」方法を提案したのである。このあたりが英語のプロから見ると歯痒いかもしれないが、ご寛容いただければ幸いである。
 ともあれ、私が科学者として行なってきた経験もそんなに広いものではないから、読者はさらに自分に合わせて自由に変更、すなわち「カスタマイズ」(customize)していただきたい。
 つまり、本書で推奨する勉強法から「自分に合うもの」だけを大胆に取捨選択してもらって構わないのだ。 逆に言えば、自分に合わなければ「さっさと捨てて」しまう。どんなに優れた方法論でも、放り出して良いのである。
 こうした過程で皆さんは、今まで自分がやっていた勉強法の中に理に適うものがあったことに気づき、勇気づけられるかもしれない。「なあんだ、 そうだったのか」と途端に元気が出るだろう。
 実は、自分が既に実行してきた方法のかなりの部分はきわめて自分に合った合理的なものなのだ。そうでなければ、これまで自分の中には定着しなかったはずである。
 「自分は結構よくやってきたじゃないか!」ということに、まず気づいて欲しい。これは私が24 年間、暗い顔をした京大生を勇気づけて、明るい顔になって卒業してもらったノウハウでもある。ここで言うのもなんだが、学生たちが囁いてくれた「京大人気No.1 教授」を本書でも全開したい。
 本書を読むことで、英語を勉強する価値とその合理的な習得術を再認識し、良いものはそのまま温存して「意識的」に使いこなしてほしい。
 その後で、学んだことを「無意識領域」に引き渡し、将来どこで誰と会っても活用できるように、蓄積・保存するのである。
 自分にいちばん合うようにカスタマイズすることこそ、自信を取り戻して頭をポジティブに稼働させ、「英語が得意になった」感触を得る第一歩となるのだ。
では「理系的 英語習得術」の骨太の世界へ招待しよう。

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