まえがき
言葉は対立や憎しみを生み出すことさえもあります。もちろん、誰もが憎しみを込めた言葉をぶつけ合う世界を望んでいるわけではありません。私たちは人と向き合い言葉を交わすときに、「なにをどのように言うのか」を常に頭の片隅に置きながら、コミュニケーションを行っています。それは相手のことを考えたり、自分の立場を考えたりしながら言葉を発するからです。つまり、私たちは言葉を交わすことを通じて、良好な関係を築いた
り、自分の考えを伝えたり、相手の思いを受け止めます。もちろん、攻撃的な言葉のやりとりを行った末に互いの関係が悪化するということもあります。
こうした言葉のやりとりの中でも、人間関係をなめらかにする、潤滑油のような言葉もあります。失敗して落ち込んでいる人に「仕方ないよね」と言って理解を示しつつ、前向きになってもらおうとします。こうした言葉の多くは決まり文句のような形、すなわち「定型表現」になっていることがあります。「仕方ない」の「仕方」とはどんな意味だろう、と考えることなく使っています。さらに「ない」の反対は「ある」だからといって「仕方ある」と言うことはあまりないでしょう。
本書では「定型表現」として覚えておけば、そのまま使える表現もたくさん取り上げました。みなさんもご存じのように、このようなコンセプトで書かれた類書はたくさん出版されています。そうした本の中には「学校では教えない英語」という強いメッセージが打ち出されているものもあります。ですが、私たちは学校で学んだ英語に加え、別の言い方を学べば表現力が2 倍になるので、両方知っておいたほうがいいと思っています。
そこで、本書では、学校で学ぶ英語で言える表現を「普通の表現」とし、それを「ちょっとだけクールな表現」にしたものを示しました。もちろん、クールな表現のうちいくつかは学校で習うものも入っています。どちらも通じる英語ですし、ひょっとするとフォーマルな場面では「普通の表現」のほうが好ましい可能性もあります。
本書では主にアメリカのテレビドラマ、映画、SNSでよく使われる表現、94パターンを採用しています。どれも5 語で言える表現で覚え易いように、用例を多くシンプルな解説になっています。ジェフリー・トランブリーさんが用例作成を担当し、語法や表現について倉林が解説を加え、互いに意見を交換し合いながら原稿をまとめ、ちくま新書の編集者である羽田雅美さんから修正意見をいただきつつ整えて本書ができあがりました。
1つの定型表現を豊かなものとするために、訳語は文脈に合わせて異なったものにしてあります。用例を楽しみながら、英語表現のバリエーションを身につけていただければと思っております。
2024年盛夏 倉林 秀男