まえがき―バブル経済と深刻化する貧困、そして人口減
このところ気になって仕方がないのは、迫りくる人口減の問題である。東京への一極集中は強まる一方だが、首都圏には人口減への切迫感がはっきり言ってない。時には新聞の大見出しに「人口減に拍車!」といった言葉が躍るが、数十年後に何千万人も日本の人口が減ることを分かっているのか、と気になって仕方がないのである。
たとえば、都内には大小無数の大学があるが、その「学生予備軍」たる子供がどんどん減っていることへの危機感は、大学にあるのだろうか。1950年は、年間234万人程度だった出生数が、2023年は73万人弱だった(グラフ0―1)。私の予想では100年後の出生数は25万人程度まで縮小する。つまり、2124年の出生数は、1950年の9分の1から10分の1程度にまで縮むのだが、その時どれほどの大学が存続し得ているだろうか。

実際、韓国はすでに危機的なレベルにまで出生数が減少し、最近のニュースでは、韓国全土169の大学が募集人員を満たすことができず、応募が定員の半数にさえ満たなかった地方大学も4校あったという。日本の大学でも私学の半数はすでに定員割れを起こしている。
もちろん、これは現在の少子化トレンドが続くのならという前提の話なので、根本的な社会変革が起きればそうはならない。問題はいま述べたこの危機をどこまで真剣に考えているかということにある。
人口減の根本的な原因は、結婚できないほどに若者が貧困化したことにあるから、変革は若者の貧困を撲滅することでなければならないと、私は2023年に出版した『「人口ゼロ」の資本論』(講談社+α 新書)で述べた。確かに人口減のトレンドは世界共通なので、これを正常なものとする見方もあろうが、どうして若者たちが結婚をしたり、子供を持ったりしなくなったかという現実を見る時、生育コストの上昇に見合う所得増ができていないからだと気づく。そして、その認識の上に結婚できなくなっている若者の貧困をなくすために徹底した平等化が必要、それには資本主義からの脱却、つまり社会主義、共産主義が不可欠と同書で述べた。
結婚したくてもできないほどの若者の貧困という課題は、たんに人口問題だけではなく、現在の他の各種重大問題とも関わっている。「貧困」が資本家による賃金支払いの抑制であるとしたら(実際そうなのだが)、24年7月に「史上最高値を記録」した日経平均の謎とも関連があって、それだけ日本経済がひどいことになっていることを示している。
だいたい日経平均の上昇は資産家にとっては嬉しくとも、その裏で実質賃金が1997年のピーク時から2024年までに18・3%も低下し、30年ぶりの賃上げと騒がれた2023年度も、物価上昇で実質2・2%の賃下げであった。つまり、「日経平均の上昇」は、「大幅賃下げ」と共存しているわけで、これは異常という以外にない。
ただし、この異常を「賃下げの結果、株価が上がったのだ」と理解し直すのであれば実に自然なこととなる。実のところ、「日経平均最高値」という現象の原因にはこうした「賃金分配率の低下」以外にも円安や低金利もあったが、本当はこれらも回りまわって「実質賃下げ」をもたらす困った政策であるというのが重要である。
たとえば、慢性的な円安であるが、これによって輸入財価格が高騰し、物価高の大きな原因となっている。そして、名目賃金上昇率マイナス物価上昇率で計算される実質賃金上昇率が大幅に下がっている、かなり大きな理由は「円安」だ。
確かに2024年9月現在、円は140円台まで戻しているが、日銀の0・25%の利上げによる「円キャリートレード」の巻き戻しに過ぎず、本格的な調整とは言えない。またこの程度の利上げによる株価の調整もまだ本格的なものではない。
さらに、日銀の、低金利政策も過去にはそれなりにあった庶民の金利所得をゼロにしてきただけではなく、地価の高騰を招くことで家計を圧迫している。この「ゼロ金利政策」がアベノミクス以来の経済原理無視の政策であることは新聞各紙でも言われているが、そうした異常な低金利であれば、それによって決まる地価もまた異常な高さということになる。本書では数理マルクス経済学の研究成果を基礎に、そのことを詳しく説明する。
要するに、現在の株価と地価は実体経済から乖離している、ということである。本書のタイトルに『バブル』との言葉を入れたのはそのためである。
私は本当に思うのであるが、どうしてここまで何から何まで、矛盾のすべてが労働者にしわ寄せされるのだろうか。あの政策は迷惑をかけるが、この政策は……というような形で、政策ごとに不利益をこうむる対象が違っているのではなく、すべてがすべて労働者に調整弁的役割が押しつけられている。こんなことだらけだから、若者は結婚できなくなっているのである。
本書が論考しなければならない問題は他にも及ぶ。アベノミクスによる過剰マネーの市中供給は、日銀による大量の国債買い入れを必然化し、それが引き起こしつつある巨額の財政赤字(GDPの2倍弱!!)は、将来の国民負担がどうなるものかと心配させる。国が財政破綻となった際の通常の解決策は大幅なインフレなので、政府はいずれハイパー・インフレを起こして、私たちの実質賃金をさらに下げるだろう。政府系の経済学者は「デフレ脱却」に一生懸命なので、ハイパー・インフレーションに歓喜するのだろうか。
また、深まる貧困は特に過疎地域の原発と軍事基地の立地を促進するので、原発危機や国際関係上の問題も引き起こす。本書第四章でも述べるが、能登半島地震の被害が東日本大震災ほどになっていない最大の要因は福島原発事故以来、能登半島の志賀原発が止まっていたからで、もし動いていたらどんなこととなったか分からない。もっと言うと、過去には今回の震源地の真上に原発を建設しようとしていた(「珠洲原発」計画)ということだから、そら恐ろしい。
なお、こうして日本の様々な危機を眺めてくると経済社会に関する全体的で深い洞察が求められることが分かるが、本書はそれをマルクス経済学の枠組みで行う。本書タイトルに『資本論』との言葉を入れたのはそのためである。
読者もご存じのとおり、マルクスもエンゲルスもその当初は「哲学学徒」であった。だが、現実の問題に目を向ければどうしても経済問題に焦点を当てざるを得ない。そして、そのために、まずはエンゲルスが、続いてマルクスが経済学の研究に邁進するようになり、出来上がった大著が『資本論』という経済書となった。言うまでもなく、ここで扱われたのは「搾取」という経済的事実であって、まさしく「貧困」の原因であった。
したがって、これらの趣旨から本書では第Ⅱ部で『資本論』が「貧困」の原因とした「搾取」を論じる。第Ⅰ部の現状分析を第Ⅲ部の社会変革論に向かわせる決定的な媒介項となっている。それでは以下、少しずつ論じていきたい。
目次より
第 Ⅰ 部 貧困がもたらす全国民的危機
第一章 迫りくる人口減の認識は決定的に不十分
第二章 貧困化と株価・地価バブルの同時存在
第三章 迫りくる財政破綻という全国民的危機
第四章 地方経済の崩壊を期待する原発企業と軍事基地
第 Ⅱ 部 貧困の原因を解明した『資本論』
第五章 中間層の貧困化で始まった資本主義
第六章 資本主義の継続に必要だった貧困
第七章 奴隷・農奴と同じ現在の労働者
第 Ⅲ 部 バブルと貧困の解消を主張する経済学
第八章 古くて新しい階級論
第九章 バブルの原因を問う数理マルクス経済学
第十章 賞味期限切れの資本主義