もしあなたがスリムな体型を手に入れたい場合、『みるみる痩せる激やせ食事法』と『太りにくい身体を作る食事法』、どちらの本を書店で手に取るだろうか。おそらく『みるみる痩せる激やせ食事法』をまず手に取るのではないか。手っ取り早く痩せられる方法が書いてありそうだからである。
しかし、ダイエットにはリバウンドがつきものである。一年後の自身の体型を考えた場合、どちらの本に従えば、目標を確実に達成できそうだろうか。冷静な頭で考えれば、『太りにくい身体を作る食事法』に軍配が上がることに多くの人が気づくはずである。健康的に痩せたいならば、栄養のバランスを欠いた極端な食生活に短期間手を染めるよりも、現在の食生活の問題となる部分を一つひとつ丁寧に取り除き、じっくり時間をかけて徐々に痩せていくほうが、はるかに健康的だからである。
これは、いわゆる文章読本についても同じことが言える。『名文を簡単に書く技術』と『悪文を丁寧に直す技術』、どちらの本を書店で手に取るだろうか。まず手が伸びるのは『名文を簡単に書く技術』ではないだろうか。この本があれば、名文が書けそうな気がするからである。
しかし、『名文を簡単に書く技術』を手に、レジに並ぶまえに考えたい。読者をうならせる名文なんてそんなに簡単に書けるものだろうか。自分の実力を省みたとき、基礎が満足にできていない自分に、すぐに名文など書けないことは、冷静な頭で考えればすぐにわかるはずである。きちんとした文章の書き方を身につけたいなら、急がば回れで、『悪文を丁寧に直す技術』を手元におき、地道な方法をじっくり学ぶべきなのではないだろうか。
事実、書店に並ぶ文章の指南書を見直すと、悪文と名の付く本に名著が多い。
岩淵悦太郎編(1961)『悪文』日本評論社
永野賢(1969)『悪文の自己診断と治療の実際』至文堂
中村明(1995)『悪文』筑摩書房
とくに、岩淵悦太郎編の『悪文』は隠れたベストセラーで、第三版が1979年に刊行されているほか、角川ソフィア文庫にも収録されている。また、評者の大学院時代の指導教員であった中村明先生の『悪文』はちくま新書から刊行され、現在ではちくま学芸文庫に収録されている。
じつは、この三冊には共通点がある。執筆者がいずれも評者の勤務する国立国語研究所の関係者だという点である。岩淵悦太郎先生は国立国語研究所の第二代の所長で、岩淵悦太郎編の『悪文』の執筆者の多くは国立国語研究所の当時の研究員である。また、永野賢先生は国立国語研究所の創設に関わった作家・山本有三の娘婿であり、やはり国立国語研究所の研究員だった方である。さらに、中村明先生も最終的には早稲田大学名誉教授であるが、もともとは国立国語研究所の所員であった。
国立国語研究所の所員の書く文章指南書の特徴は高い実用性にある。所員は年中、日本語という言語に向きあっているので、抽象論で書くことはせず、かならず例文を出し、それに基づいて議論を進める癖がついている。このため、高い実用性を有するのである。
名文は定義が難しい。どのような文章が名文かは、読み手の主観によって異なると考えられる。一方、悪文は定義が易しい。どのような文章が悪文かは、簡単に決めることができる。読んでいて不正確な文章、わかりにくい文章が悪文だからである。
文章を書くコツは、じつは名文を書くことではない。悪文を書かないことである。悪文さえ書かなければ、書かれた文章は社会で通用する。名文として評価されるかどうかまではわからないが、少なくとも実用には供するのである。名文は芸術であり、悪文は技術である。私たちが学校で、また社会で学ぶべきは、芸術的な文章の書き方ではなく、正確でわかりやすい文章を書く技術である。
本書、『悪文の構造』は1979年に木耳社から出版されたもので、まさに悪文を避ける技術について書かれた本である。評者の知るかぎりの情報では、筆者、千早耿一郎氏は1922年に滋賀県に生まれ、若いころは中国で生活し、現地の学校で軍事訓練を受けた方である。帰国後は日本銀行に勤めるかたわら、中国を舞台とした小説をいくつも書かれ、文壇でも活躍された方だという。プロの作家ではあるが、上記の三冊とは異なり、国立国語研究所の所員のような日本語の研究者によって書かれたものではない。しかし、本書をお読みになった方はおわかりのとおり、本書はきわめて日本語学的な本であり、徹頭徹尾、日本語の文の構造が頑強なものになるようにすることを目指した技術書である。
内容は当時としては画期的だったことは疑いはないが、現代的な視点から見ると、物足りない面は正直ある。悪文を避ける技術と一口に言っても、その内容は多岐にわたる。しかし、本書の紙幅の大半は文の構造についての記述に割かれ、それ以外の点にはほとんど言及がないからである。
文章の書き方を考えるとき、表現技術に関する観点をざっと挙げるだけでも、次のようなものがある。
①文字の使い方(漢字・カタカナetc.)
②記号の使い方(句読点・カッコetc.)
③語彙の選び方(語種・類語etc.)
④文の組み立て方(文法・文型etc.)
⑤文のつなげ方(接続詞・指示詞etc.)
⑥文章の組み立て方(文章構成・段落etc.)
⑦文体の選び方(書き言葉・ジャンルetc.)
⑧修辞の捉え方(視点・比喩etc.)
本書はこのうち、④「文の組み立て方」についてしか書かれていない。そのため、本書だけを読んでも、文章の技術がすべて身につくわけではない。
しかし、上記の①~⑧の観点をすべて網羅しようとすると、いきおいページ数は増えてしまう。評者自身は『よくわかる文章表現の技術』(明治書院)という本のなかでこうした観点を網羅しようと考えたが、その結果、300ページ前後の全五巻の本になってしまった。また、何とかコンパクトに一冊に収めようとした『ていねいな文章大全』(ダイヤモンド社)では、500ページを超えたあげく、必要な項目を網羅しきれなかった。そうした過程を経て、評者が学んだことは、欲張りすぎると総花的になり、焦点がぼやけてしまうということであった。必要なことを詰めこみすぎると、読者にとってかえって迷惑なものになるのである。
この点で本書の割り切りはすばらしい。本書の主張は、センテンスを書いたとき、その構造が一つの意味でしか解釈できないように、頑強に書くこと、それに尽きる。評者は先ほど観点が網羅的でないことで、物足りない面はあると述べたが、文章を書くうえでもっとも大切なメッセージに絞って伝えられているという点ではむしろ長所と見ることもできる。
本書が扱っているテーマは一見多様に見える。長文を避けて単文で書くこと、主語と述語を明確にすること、「は」「が」をはじめとする助詞を的確に使い分けること、修飾関係や並列関係を明確にすること、句読点を適切に使うこと、過不足のない情報を提示すること、読み手の理解に配慮することなど、多岐にわたっていることは確かである。しかし、本書をよく読めば、それらはすべて一義的に解釈できる頑強な文を書くという目的に収束していることがわかるはずである。逆から見れば、一義的に解釈できる頑強な文を書くうえで必要な条件を残らず挙げて論じていることに気づく。
一文一義。そのことこそが文章を書くうえでもっと大事なことであると、筆者は銀行生活と文芸生活の両面で体得しており、そこに文章の機能美を見いだしたのであろう。こうした筆者の信念に基づく一貫した記述には、抗いがたい説得力がある。
筆者はこのような文章技術をどこで磨いたのであろうか。冒頭の紹介によれば、それは中学の英語の授業であり、日本陸軍の予備士官学校であったという。こうした環境のもとで日本語の文章を分析する技術を磨いたことを知るとき、当時の時代状況をあらためて振り返らざるをえない。生年は1922年(大正11年)、関東大震災の前年であり、終戦を迎えたのがおそらく22歳か23歳のころだったと思われる。青春をすべて戦争に捧げた時代である。多くの読者にとっては遠い過去のように映るかもしれないが、評者にはむしろ身近に感じられる。1922年という生年から、岩淵悦太郎編『悪文』の執筆者の一人であり、評者が尊敬してやまない林四郎先生(筑波大学名誉教授)のことを思い出すからである。林先生は2022年、ちょうど100歳を迎えられた年に天に召された。
林先生は戦時中は軍用機のパイロットであったが、さいわい、特攻隊員として飛び立つことなく終戦を迎えられた。評者が弟子入りしたのは林先生が80歳を過ぎてからのことであったが、評者の博士論文である文章予測の研究を、高射砲から放たれる弾道の軌跡の比喩で応援してくださったことが今でも記憶に残っている。また、英語の文章を読むのもお好きだったが、林先生の段落論は旧制中学の英語教育の影響を強く受けていた。本書でも引用されている時枝誠記博士の文章論をもっとも忠実に受け継いだのもまた、直接の教え子の一人である林先生であった。
本書の筆者である千早耿一郎氏に評者は生前お目にかかる機会はなかったが、もしお目にかかれていたならば、きっと林先生と同じように、戦時中の厳しい環境で培われた、物事を原理的に自分の頭で考える技術について多角的なお話が伺えたのではないかと思う。
情報があふれかえる時代にあって、文章執筆にもっとも大事なエッセンスをぎゅっと絞りこんで提示した本書はかえって読者の目に新鮮に映るかもしれない。何より四十年以上経った今でもこれだけ論旨が明快な本は珍しく、読み返して学ぶところは大きいと思われる。
「悪文を語る本に外れなし」。このことは文章読本を考えるうえでの鉄則だと評者は考える。本書もまた、その例外ではない。