†テレビの発明家・萩本欽一
萩本欽一、愛称は「欽ちゃん」。職業はコメディアンである。1970年代から1980年代にかけて自ら企画・出演したテレビバラエティ番組が軒並み30%を超える高視聴率(関東地区世帯視聴率。ビデオリサーチ調べ。以下も同じ)を獲得し、「視聴率100%男」の異名をとった。もし戦後大衆芸能史の教科書があるとすれば、ひときわ大きく載るに違いない人物である。ある世代より上のひとなら当時のすさまじい人気をよく覚えているだろうし、家族とともに欽ちゃんの番組をテレビの前で楽しんだ経験がきっとあるだろう。私もそのひとりだ。
その萩本は、実は発明家でもあった。と言ってもエジソンのようなそれではなく、テレビにまつわるさまざまなことを考案した。そんな意味での "発明" である。そしてそのうちの多くのものは、いまも残っている。
たとえば、出演者が胸のところにつけている小さなピンマイク。いまやバラエティ番組はもちろん、あらゆる番組に欠かせないアイテムだ。
バラエティ番組では出演者が動き回ったり、身振り手振りで話したりする。だから常に手に持っていなければならないハンドマイクは、なにかと不便だ。
そこでピンマイクを導入したのが、萩本欽一だった。ブロードウェイの舞台稽古を見学した際に、「これはいい」ということでスタッフに注文して用意させたのである。日本のテレビでの導入は初めてのことだった。
また言葉の使い手としても萩本欽一は大きな足跡を残した。
たとえば、現在は日常会話でも使われる「天然」という表現を最初に使ったのも萩本欽一だった。
あるとき、萩本は「ジミーちゃん」ことタレントのジミー大西を『欽ドン!ハッケヨーイ笑った!』という自分の番組に起用した。ところがあまりに想定外な行動をとるジミーちゃんを持て余し、結局ジミーちゃんは早々にレギュラー降板となってしまった。そのとき萩本がジミーちゃんに言ったのが「天然だね」の一言だった。それまで「天然」をいまのような「天然ボケ」の意味で使った人間はいなかった。
この話がジミーちゃんの師匠的存在でもある明石家さんまに伝わり、それを面白がったさんまが自分の番組で使ったことがきっかけで「天然」という表現は広まっていった。これなどは、萩本による言葉の発明と言っていい。