PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

2024年によみがえる『TOKYO STYLE』

ちくま文庫のロングセラー都築響一『TOKYO STYLE』の新たな英語版が、バルセロナを拠点とするapartamento社により出版されました。そのバリー・ユアグローさんによる序文を、柴田元幸さんによる訳でお届けします。1993年に発表された本書はいま、どんな意味を持つのか? ぜひお読みください。(PR誌『ちくま』2024年10月号より転載)

 1993年に京都書院から刊行された都築響一の写真集『TOKYO STYLE』を初めて読んだ/見たときの興奮はいまも忘れない。
 テレビや映画や雑誌で見せられる、理念化・理想化・類型化された東京ではなく、そうそうこんなふうにみんな生きてるんだよなと思える東京の暮らしがそこにはあった。人はいっさい写っていなくて、部屋の中の物たちとじかに向きあえるので、見る者はしばしそのそれぞれの部屋の住人になることができた。当時新進気鋭(笑)の翻訳者だった僕は、ひとつの部屋の書棚に自分の訳書(スティーヴ・エリクソン『黒い時計の旅』)を見出して驚喜した。
 日本では2003年以来、ちくま文庫が気軽に手に取れるサイズ・価格でこの名著を刊行しつづけてきたのは快挙といっていいが、海外では長らく入手不可の状態が続いていた。それが今年の7月、バルセロナを拠点とする出版社apartamento が93年京都書院版と同じフルサイズでこの本を復刊したのは、これまた快挙といっていいだろう。しかも今回の版には、都築響一の仕事に長年快哉を叫びつづけてきた朋友バリー・ユアグローによる序文が掲載されていて、『TOKYO STYLE』が2024年のいまどういう意味を持つかを論じるとともに、都築響一の仕事の全体についての格好のイントロダクションにもなっている。その訳を以下に掲載する。(柴田元幸)

TOKYO STYLE』序文    バリー・ユアグロー

 私が都築響一を知ったのは近藤麻理恵がきっかけである。
 散らかす、ため込む、集める営みを語る私のメモワール『メス』が出版されたのは2015年のことだ。その数か月前、「ジャパニーズ・スタイル」なるマーケティング・スローガンの下、『人生がときめく片づけの魔法』の英訳が刊行され、その断捨離、ミニマリズムの哲学でもって世界中を席巻していった。私は懐疑的だった。私自身はすでに、散らかし礼賛の立場、少なくとも散らかすこと、ため込むことは趣味の問題との立場を採っていたのである。
 コンマリ現象について文章を書きはじめたところで、東京に住む友人が『TOKYO STYLE』のことを教えてくれた。私はアメリカで出版されていた、クロニクル・ブックス1999年刊のずんぐりしたポケット版(Tokyo: A Certain Style)を入手した。こうして私は、コンマリの超片づき宇宙論の対極にある、素晴らしいもうひとつの「ジャパニーズ・スタイル」を発見したのだった。
 私はさっそくニューヨークから響一に手紙を書き、私たちはたちまち意気投合した。響一から返ってきた、近藤的締めつけに対する、やんわりとした、だが鋭い嘲りに私は歓喜した。「よくあるダイエットとかと同じだよね」と彼はメールであっさり切り捨てていた。「俺の知りあい、誰もあんなの聞いてないよ」。あれは90年代から綿々と続く「捨てる美学」の続きなのだ、と響一は論じた。これはバブル経済崩壊後に生じた気分である。「それまではもっと買え、もっと買えって言われてたんだよ」
 響一はこの本で、おおむね小綺麗でない、すさまじく散らかった、彼自身「コックピット」と呼ぶ東京の狭い住居をありのままに見せている。ここで彼が明かし、祝福しようとしているのは、大都会の住人たちの多くが現実に営んでいる、現実の生き方なのだ。

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