まえがき
ウクライナや中東、アフリカなど、世界各地での戦争で、多くの人が犠牲になっています。住むところや工場、畑、橋なども破壊されています。そうした映像や画像をニュースなどでみた人は多いはずです。
どうしてこうなってしまうのか、人はなぜ戦争をするのか、国はなぜ戦争をするのか。悲しんだり、やるせない思いを持ったりしたことがあると思います。あるいは恐怖や怒りかもしれません。それらは戦争と平和の問題を考える重要な出発点です。
人類に戦争はつきものだ、という声をよく聞きます。これらは現実の一面です。しかし、人間も国家も、常に戦争をしているわけではありません。多くの人は、おそらく皆さんを含めて、「私は戦争が嫌いだ、平和を望んでいる」と考えていると思います。それでも戦争が起きてしまうのは、そう考えていない「悪い人」がいるからなのでしょうか。あるいは、皆が戦争を嫌い、平和を望みながら、それでも別の理由で戦争になってしまうのでしょうか。
平和を望むとすれば、いかに戦争を防ぐかを考えなければなりません。そのためには、人間が変わらなければならないのか、国が変わらなければならないのか、あるいは、国際関係の仕組み自体が変わらなければならないのか。なかなか厄介な問題です。一筋縄ではいきません。だからこそ、世界各地で戦争がなくならないともいえます。
それにもかかわらず、あるいはだからこそ、人類はひとつだ、皆がちゃんと話し合えば分かり合えるはずで、そうすれば戦争など起きない、という考え方もあります。「話せば分かる」という発想ですね。これが広まれば世界が平和になりそうなものです。そう信じたい、願いたい気持ちもよく分かります。
しかし、残念ながら現実にはなかなかそうなりません。なぜなのでしょうか。
話し合っても合意できないものが世界には少なくないからです。たとえば、どこかの土地を巡って誰のものかが争いになったとします。民族間の争いかもしれませんし、国家間の争いかもしれません。国際関係でいうところの領土紛争です。誰かが保有することになれば、他の人たちはそれを諦めなければなりません。半々に分けたとしても、半分よりも多くを獲得する権利があると考えていた方にとっては不満が残るでしょう。「先祖代々うちの土地だった」と考える人は、一部を引き渡すことにも納得できないはずです。
あるいは、価値をめぐる争いもあります。その最たる例が宗教です。神様の教えが相入れない場合、どうすればよいのでしょうか。実際、異なる宗教の間の争いは世界中で起きてきました。だとしたら、宗教が存在しなければ世界は平和だったのでしょうか。それも乱暴な議論です。さらに、いまさら、宗教がなかったことにするなど、現実問題として不可能です。
軍隊や武器に関しても似たようなことがいえます。軍隊が存在するから戦争が起きるのでしょうか。これだと、軍隊の存在が戦争を生むという議論になります。軍隊を廃止すれば戦争もなくなる、と。反対に、戦争が起きるから――いくら自国は平和を望んでいたとしても、隣国が攻めてくるかもしれないために――軍隊を持ってそれに備える必要があるという考え方もあります。さらに、それによって隣国による攻撃を防ぐことができれば、軍隊によって平和が維持されたということになります。
イメージで結論に飛びつく前に、少し落ち着いて、何が「原因」で何が「結果」かを意識的に考えてみることが重要です。
また、日本で戦争といったときに想定されるのは、日中戦争や太平洋戦争など、日本が他国を攻めた戦争であることが多そうです。「戦争反対」というときに無意識に頭にうかぶのも、日本がしかける戦争かもしれません。しかし、ウクライナのように、いわれのない侵略に対する自衛も戦争です。侵略戦争と同じように反対するのでしょうか。戦争もいろいろなのです。
この本を通じて示される世界は、暗いかもしれません。軍隊をなくせば平和になるとも考えません。国や国民価値などを守るために戦うことが必要な場合もあります。みんなが仲良くすれば世界は平和になるという楽観的な立場はとりません。それが現実なのです。
それでも、厳しい現実が存在するがゆえに、問題の構造を明らかにして、少しずつでも戦争を起こさせないための知恵を深めていく必要があるのです。そこには希望も存在します。
この本では、戦争と平和の問題を十一の章に分けて考えてみます。第一部の三つの章では、個人、国家、力の均衡という、世界を理解する際の三つの異なる視座を順番に考えていきます。第二部の五つの章は、「何から」「何を」「いかに(何によって)」守るのかという観点で、安全保障の基礎を考えていきます。最後に第三部の三つの章は、より平和な世界をつくるための手段として、国際協力と抑止の問題を考え、最後に日本の平和を取り上げます。
すべてを読み終わっても、世界を平和にする魔法のような解決策は、残念ながら出てきません。それでも、戦争と平和の問題を考えるための基礎的な読みとき方を身につけてもらいたいと願っています。
この本は、個別の国際問題や、米国や中国といった個別の国に関する入門書ではありません。世界の戦争と平和の問題の読みとき方が焦点です。それを身につけたうえで、関心のあるものを考えるにあたってのツールとして活用して欲しいのです。そのなかから、よりよい世界のためのアイディアが出てくることを願っています。
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