新国立劇場バレエ団

小㞍健太×恩田陸 記念対談
――踊り、語り、世界をつくる。
新国立劇場バレエ団「DANCE to the Future 2024」に寄せて

2024年11月29日よりスタートする新国立劇場バレエ団のシリーズ企画「DANCE to the Future」に先立ち、本公演に至るまでの振付家育成プロジェクト「NBJ Choreographic Group」のアドヴァイザーを務めた小㞍健太さんと、本プロジェクトの試演会を見届けた小説家・恩田陸さんによる記念対談を行いました。ダンサーとしてもコレオグラファーとしても世界中でクリエイションを続けている小㞍さんがこの企画の先に見出すものは? 踊ることと振付けること、クラシックバレエとコンテンポラリーダンス、身体感覚と言語感覚……恩田さんが構想・執筆に十年をかけたバレエ小説『spring』(筑摩書房)からもお互いの想像をふくらませつつ、お二人が存分に語ります。(撮影:藤部明子)
 


■新世代へ伝えるために

小㞍:「DANCE to the Future」および「NBJ Choreographic Group」は僕の先輩である中村恩恵さんや平山素子さん、遠藤康行さんらも関わられてきたプロジェクトですが、年数と回を重ねてきたことで参加するダンサーたちも一世代若がえっています。いままで創作をしてきた世代が育って次世代に行く流れを感じたことから、僕も「新しい視点を」と考えて、一年半ほどの長期の時間をかけつつ、ダンサーから振付家になるプロセスを共有しながら作品を作ることにしました。
自身が踊ってきたダンサーは振付をしようとすると、「振付をする=作品をつくる」と思ってしまう傾向にあるのですが、2回、3回とワークショップやレクチャーをしていくうちに、新国立劇場のダンサーのみんなは「つくりたい」という意欲を持つことと「どうやってつくるか」を考えることは違うプロセスだと理解していると感じました。恩田さんのバレエ小説『spring』でも書かれていたとおり、つくることと踊ることでは求められているものが違うんです。それをみんな直感的に理解していて、しかし具体的にはどうしたらいいのかがわからない。僕もダンサーをやりながら振付をしてきましたので、自分がこれまでにやってきたことを伝えながら一緒に考えていこう、というところからスタートしています。


恩田:最初に拝見した試演会から、メンバーのレベルが高かったです。若手も中堅もベテランもいらっしゃいましたけれど、中でもものすごくコンテンポラリーの得意なダンサーの方々の何人かが「自分でつくるよりも、踊る方がいい」とおっしゃっていたのは印象的でした。他者のつくった優れた作品を踊る方がいい。その一方で、非常に若い年齢の方も参加していましたが、「自分で作りたいと思う人は、わりと最初から作るんだな」と感じたダンサーもいました。なんとなくですが、はじめから振付家になる要素を持った人というのもいるのだな、と。
小㞍さんがワークショップで「こんな風に言葉にすると、どういう踊りをしてほしいのかがダンサーにも伝わりますよ」と言語化のコツを説明されていた時に、「例えば中村恩恵さんなら、“夜明けの光を感じて……”なんて表現したり……」と非常に感覚的な指導を受けたエピソードをお話しされていましたが、そういったものをダンサーに説明しなければならないのは大変ですよね。


小㞍:すごく大変です。どれだけ自分でイメージをしても、求められた動きになっていなければOKがでないので、泥沼というか、アリ地獄というか……。


恩田:振付する方も、「えっ、そうじゃあないのに!」と思っても、なかなか伝わらないことが多いんじゃないでしょうか。振付家というのは、実は非常に高度な言語化能力を要する職業ですね。


小㞍:そうなんです。しかし実際は、言葉を駆使できる人ばかりではないんですよね。恩田さんの『spring』では感覚としてとらえられたものが言語化されている箇所が多くて驚きました。たとえば第一章に出てくる10代半ばのダンサーだった深津純君の視点など、「こんなに他人の踊りを観察できたら、ちょっとやばくない!?」ってくらいに言語化ができている。この作品には、ダンサーが読んで「そうそう」と腑に落ちる文がたくさんあると思います。


恩田:ありがとうございます。小説なので、言語化しなくちゃ「いけなかった」というのもありますが……(笑)。試演会でアドバイスをする小㞍さんを拝見していると、見学している私まで「なるほどな」と納得することがあったのですが、やはり非常に高いコミュニケーション能力がいる仕事なんですね。そのあたりはみなさんどのように対応していらっしゃるんでしょうか。


小㞍:言葉だけじゃない部分、ニュアンスや空気感を伝えるために色んな表現をしてみるのですが、人によって捉え方はかなり変わります。例えば、僕が所属していたNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)はもうみんな長く同じカンパニーに所属していますから、「Like this」の一言で通じることもたくさんある。でも、フリーランスになってから他のカンパニーへ振付をしたり、あるいはバレエ学校で教えたりするような場合には「Like this」では全然通じないんです。


恩田:なるほど……。


小㞍:僕の場合は自分が踊って見せることも、言葉で伝えることもあります。でも、ある人にはある方法でのアドバイスが伝わったけど、今度は一緒にその話を聞いていた人の踊りが、それまでは出来ていたはずなのに、なんだか違う方に行ってしまう……なんてこともありますね。日本のレッスンだと「他の人への注意は自分への注意だと思って聞きなさい」と言われることも多いですが、振付をしている時には「(他の人への言葉は)絶対に聞かないで!」と言いたい時もあります。それぞれが全く違う感覚を持っているので、人によって異なる言葉をかけていくことも必要です。


恩田:そんなにも個別のやりとりになっていくんですね。

 

2024年11月8日更新

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小㞍 健太(こじり けんた)

小㞍 健太

小㞍健太(こじり・けんた)

ダンサー・振付家。1999年ローザンヌ国際コンクールにてプロフェッショナル・スカラーシップ賞受賞をきっかけに渡欧。モナコ公国モンテカルロバレエ団を経て、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT1)に日本人男性として初めて入団。キリアンをはじめ、フォーサイス、エック、ナハリン、パイト、マクレガー、エックマンなど世界的な振付家の作品に出演し、ダンサーとして高い評価を得る。2010年よりフリーランスとなり、『Study for Self/portrait』(原美術館)、『At The Core』(パリ日本文化会館、アルディッティ弦楽四重奏団共演)等の作品制作を軸に国内外で活動。2017年より「SandD」を始動し、ジャンルや世代を横断した舞台芸術におけるダンサーの身体の在り方を探求している。近年は、オペラやミュージカルの振付、フィギュアスケート日本代表選手の表現指導、「Vitality.Swiss」プログラムアンバサダー、新国立劇場バレエ団「Choreographic Group」  アドヴァイザー、横浜赤レンガ倉庫1号館振付家を務めるなど、多岐にわたる。

恩田 陸(おんだ りく)

恩田 陸

恩田陸(おんだ・りく)

小説家。1964年、宮城県出身。92年『六番目の小夜子』(新潮社)でデビュー。2005年『夜のピクニック』(新潮社)で第26回吉川英治文学新人賞および第2回本屋大賞、06年『ユージニア』(KADOKAWA)で第59回日本推理作家協会賞、07年『中庭の出来事』(新潮社)で第20回山本周五郎賞、17年『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)で第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞を受賞。近著に『鈍色幻視行』『夜果つるところ』(ともに集英社)、『夜明けの花園』(講談社)、エッセイ集『土曜日は灰色の馬』(晶文社/筑摩書房)『日曜日は青い蜥蜴』『月曜日は水玉の犬』(ともに筑摩書房)など多数。2024年3月、取材・構想および連載から単行本の刊行までにおよそ10年をかけたバレエ小説『spring』を筑摩書房より刊行。天才的なバレエダンサーであり、コレオグラファーでもある男性主人公・萬春(よろず・はる)の半生を描いた。本作のヒットを受け、24年夏にはソニーミュージックより作中で描かれるバレエ・プログラムの音楽をコンパイルしたサウンドトラック『spring ballet program soundtrack』が発売。また、本編の登場人物たちの過去や未来を描いたスピンオフ連載「spring another season」を筑摩書房のウェブマガジン「webちくま」にて現在連載中。