ちくま新書

社会保障の新たな設計図
山下慎一『社会保障のどこが問題か―「勤労の義務」という呪縛』書評

複雑に入りくんだ社会保障制度を繙き、この国の根底にある「働かざる者食うべからず」の精神を問いなおす、山下慎一さんの新刊『社会保障のどこが問題か―「勤労の義務」という呪縛』(ちくま新書)。同書の書評を、社会福祉士に横山北斗さんにお寄せいただきました!

 日本の社会保障制度は、多くの人々にとって複雑で理解しづらいものである。毎月の給与から天引きされる保険料や税金がどのように使われ、どんな場合にどのような制度が利用できるのか、詳細を把握している人は少ないだろう。さらに、労働者と自営業者の間で給付内容に差があることを知る人はどれほどいるだろうか。
 本書は、この複雑な社会保障制度の成り立ちや問題点を丁寧に解き明かし、より公平で利用しやすい社会保障制度を探求する意欲的な一冊である。
 筆者が山下氏を知ったのは、二〇二二年に刊行された『社会保障のトリセツ』を通してであった。この本は、医療、年金、介護など多様な社会保障制度を、フローチャートや図表でわかりやすく解説するガイドブックで、困った市民が役所に相談に行くときに持っていくことを想定して書かれたものである。
 日々ソーシャルワーカーとして社会保障制度の利用をサポートしている私は、市民目線で書かれたその内容に驚いた。同時に、ちょうど自身も同時期に中高生向けに『15歳からの社会保障』という本を出していたことから、類似の問題意識を感じ、急ぎメールを送ったことを思い出す。
 そして今回、本書を読み、山下氏が『社会保障のトリセツ』を世に放つ原動力となった問題意識が理解できた気がする。
 本書は、山下氏の研究者、生活者、現状を追認しない変革者としての「問い」を駆動力に、無駄のない簡潔な文章で、現状分析から歴史的考察、そして新たな提案へと論理的にリズムよく畳み掛ける。各章では具体的な事例や裁判例を通じて、難解な制度や法律をわかりやすく解説している。特に、情報提供義務や「勤労の義務」に関する考察は、社会保障制度の利用しづらさの核心に迫るもので、新規性のある内容だと感じられる。
 第一章では、労働者と自営業者の間にある給付制度の歴史的な差異を丁寧に読み解きながら、その背景を明らかにしている。本書の特筆すべき点は、社会保障制度を単なる技術的な問題としてではなく、日本社会に根付く価値観や倫理観との関連で捉えているところである。特に「働かざる者食うべからず」という精神が、どのように制度のあり方や人々の意識に影響を与えているかを鋭く指摘している。
 特に興味深いのは、生活保護に対する「後ろめたさ」に関する分析である。山下氏はこの感情の背景に「勤労の義務」という規範意識があることを指摘し、日本国憲法の制定過程にまでさかのぼり、考察している。この分析は単に制度の問題にとどまらず、日本社会に根付く価値観そのものを問いなおす重要な契機を提供している。
 結論部分では、予想される社会の変化を前提とし、現行制度をもとにした改革案や、新しい社会保障制度の構想が提示されている。著者は、働き方と社会保障を切り離すという大胆な提案をしつつ、その移行過程についても現実的な考察を行っている。これらの提案は、読者に新たな視点から社会保障制度を考える機会を提供するものである。その具体的な内容は本書を直接読んで堪能してほしい。
 本書に通底しているのは、研究者としての視点を保ちながらも、単なる分析にとどまらず、現状を打破しようとする著者の実践的な姿勢である。そういった意味で、本書は単なる社会保障の解説書ではなく、批判を超えた提言書であり、現状を変えたいと願う人にとっての実践の書でもある。
 筆者自身、ソーシャルワーカーとして社会保障制度の利用支援に携わっており、本書はその実践を考える上で非常に有益な土台を提供してくれるものであった。政策立案者にも一読を勧めたい一冊である。一般読者から政策立案者、研究者に至るまで、多くの示唆を与える本書が、より公平で利用しやすい社会保障制度の実現に向けた議論の扉を開くことを願う。
 ぜひ一読されたい。

関連書籍