世の中ラボ

【第174回】
ギャンブル大国・日本が生んだ依存症の実態

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2024年11月号より転載。

 ギャンブル依存症という言葉が大きく報じられたのは今年三月だった。ドジャーズ・大谷翔平選手の通訳だった水原一平氏が違法賭博に関与したとして球団を解雇された、あの事件である。450万ドル(約6億8千万円)という巨額の借金があることも発覚。水原氏は、自分はギャンブル依存症だと告白した。
 一般にはあまり馴染みがなかったギャンブル依存症がにわかにクローズアップされたのは2016年、「カジノを含む統合型リゾート(IR)推進法」が成立した時だった。カジノはギャンブル依存症を誘発するという批判に応じてか、18年には「ギャンブル等依存症対策基本法」が成立。国や地方自治体に、依存症の予防、啓発、患者支援等の対策を推進することが義務化されたが、カジノ促進の方便にすぎないとする意見もある。
 アルコールや麻薬などの薬物同様、ギャンブルも依存症になる。それはいったいどのような症状なのだろうか。

ギャンブル依存症の特徴は借金と嘘
 大阪万博の跡地に建設予定のIRが危険視される昨今だが、日本にはすでに多くのギャンブルがある。現在認められている公営競技は、競馬、競輪、競艇、オートレースの四種類で、ここに宝くじとスポーツ振興くじが加わる。さらには問題なのは、賭博ではなく風俗営業(遊技)に分類されるパチンコとパチスロで、実際にはこの二つがギャンブル依存症への扉を開く。
 精神科医でもある作家の帚木蓬生は、『やめられない ―― ギャンブル地獄からの生還』の中で、アルコールや薬物や買い物など「〝やめられない〟病気」は多々あるとした上で、〈〝やめられない〟病気の最悪のものは、最近の精神医学の呼称で言えばギャンブル障害(斎藤註・いわゆるギャンブル依存症)でしょう〉と言い切っている。〈社会的な信用は失われ、家族や親類からは忌み嫌われ軽蔑されます。そしてさらに悲惨なことには、そんなギャンブル地獄に転落するまでに、借金返済のために家族が甚大な出費をしてしまっているのです。何百万円というのはまだましなほうで、数千万円、中には1億円を超える例もあります〉。
 実際、この本で紹介された当事者の事例(「ギャンブル地獄であえぐ人たち」)は背筋が寒くなるものばかりだ。
【事例1】短大一年生ではじめて兄とパチンコに行き、学生時代も就職後もパチンコがやめられなくなった女性。サラ金への借金は年々かさみ、就職数年後には500万円近くになっていた。結婚が決まって親にやむなく告白。280万円と嘘をいってその時は父が肩替わりしてくれたが、結婚後も妊娠してもパチンコはやめられず、出産後、子どもを車中に置いてのパチンコ中に、子どもが異変を起こし救急車で病院に。夫に離婚を言い渡された。
【事例2】40代半ばでパチンコにハマった主婦。50歳の時に200万円の借金が夫にばれ、もうパチンコはしないという誓約書を書いて、200万は息子が返済してくれたが、二か月後にはパチンコ熱が再燃。サラ金六社の借金は計2000万円近くになっていた。夫と自分の生命保険も解約し、息子の結婚式の費用もパチンコに使い、実家にも無心に行き……。夫に離婚届けを突きつけられ家を追い出されても、ことの重大性に気づいていなかった。
 以上は女性の例だが、男性の場合は借金が膨らんで冠婚葬祭などに使う互助会の金につけた高校教師もいれば、同じく借金がかさんで会社の金に手をつけた営業マンもいる。全員に共通するのは複数のサラ金などに数百万円から数千万円の借金があることで、家族にばれても、パチンコが原因だとは明かさず、借金額も少なめに申告し、返済にと融通してくれた金も一部はパチンコ代に回して、さらに深みにハマっていく。もうしないと約束しても、パチンコをやめていられるのは数日から長くても三か月だ。
〈借金と嘘、これがギャンブル地獄であがいている人間の見まごうことない二大症状です〉と帚木は断言する。自身のクリニックを訪れた患者各100人を二度に渡って調査した結果では、ギャンブル開始年齢は20歳前後。借金開始年齢は25歳〜28歳。親兄弟の援助は逆効果で、病気をむしろ進行させる。こうやって借金と尻拭いが何度か続いた後、当事者がクリニックをはじめて訪れた平均年齢は39歳、借金額は平均1300万円。
 自分の意志が弱いからギャンブルにハマるのだ、というイメージは根強く、本人も周囲もそう思い込む。だがギャンブル依存症は進行性の病気で、ドーパミン(意志決定に関与する神経伝達物質)の代謝異常に起因する。帚木によれば〈〈意志〉よりも強い〈脳の変化〉が、そうさせてしまったと考えるほうが真実に近いと思います〉。アルコール依存や薬物依存と同じで自然治癒はなく、〈尻ぬぐいは、覚醒剤常習者が、覚醒剤が射てなくて苦しんでいるときに、救ってやろうとして覚醒剤を射ってやるのと同じです〉。
 依存症の弊害の最たるものは家族を巻きこむ悲劇だが、時にはこれが事件や犯罪に発展する場合もある。本の中で列挙されたギャンブルがらみ事件はあまりに多くてメマイがしそうだ。2014年上半期に起きた犯罪行為を拾うだけでも以下のごとし。
 神奈川県でATM管理社員がデータを不正取得し、2400万円をパチンコに使った(二月)。岩手県で公益法人の事務長が5300万円を着服して競馬に費消した(三月)。福岡県の郵便局員が1億円を横領し、競艇に費消した(三月)。東京の老人ホーム園長が入居者預金1800万円を横領、パチンコに使った(五月)。ひったくりを700件以上働いて4500万円稼ぎ、パチンコに費消した男が逮捕された(六月)。国税庁調査官が便宜を図って賄賂を貰い、パチンコに使った(六月)。旅行会社社員が架空受注し、2億円を詐取し、競馬に費消した(六月)。
 事件当事者の多くが(おそらくは高学歴で)堅い職業についている点が注目される。警察は単に「遊興費に使った」と発表するだけだが、多額の横領事件は往々にしてギャンブル依存症が関係しているのではないか、と疑うべきなのかもしれない。

ギャンブル依存症を生む土壌
 それにしても気になるのは、ギャンブル依存症の中でも群を抜いて多いのがパチンコであることだ。
 田中紀子『ギャンブル依存症』によれば、日本には1万店超のパチンコ店があり、一県あたり平均約250店(2014年)。
 祖父も父も夫も自身もギャンブル依存症で苦しんだという田中は〈世界中探しても、日本ほどギャンブルが氾濫している国はありません〉という。海外では子どもたちに依存症の教育をしているのに、日本は逆。一時より減ったとはいえ、有名タレントを使った公営ギャンブルや宝くじのCMは流れているし、海外のカジノが「非日常の世界」であるのに対し〈日本のパチンコ店であれば、近所に散歩に行くような感覚で、サンダル履きで行けます〉。
 厚労省の調査では、ギャンブル依存症の疑いがある人は13年が成人全体の4.8%、17年には3.6%だった。多くの国が1%前後であることを考えると、日本の数字は異常といえる。18年の依存症対策基本法が奏効したのか、コロナ禍が影響したのか、23年の調査では、パチンコ店は7000店弱にまで減り、依存症の疑いがある人も1.7%まで減少したものの、情報が不足し根本的な対策が行われていない以上、安心はできない。
 そもそも人は何をキッカケにギャンブルにハマるのか。
 田中らのグループはギャンブル依存症に起因すると推定できる犯罪を、①横領等企業犯罪、②殺人等重大事件、③児童虐待、④少年事件、⑤世代伝播事件に分類している。
 根底に借金地獄がある以上、①は理解できるし、②も保険金殺人などが考えられる。が、注意すべきは③〜⑤である。自らの経験に照らして、〈親がギャンブル依存症であることが、子供に大きな影響を及ぼすのは間違いありません〉と田中はいう。23歳の男が通行人を襲い二人を死亡させた池袋通り魔事件(99年)の加害者は両親ともにギャンブル依存症で、養育放棄されて育った。古くは連続射殺事件(68年)の永山則夫も、家庭崩壊のキッカケになったのは父親のギャンブルだった。このような例は少なくない。
 世代伝播事件とは、虐待を受けて育った子が親になって虐待者になるなどの世代間の連鎖を指すが、ギャンブルにもこの傾向があるという。事実、当事者の証言でも、はじめてパチンコ店に入ったのは家族や友人の誘いだったという人がきわめて多い。
 染谷一『ギャンブル依存』はさらに「勝負好き」な日本の文化に言及する。昭和の駄菓子屋から、仮面ライダーや野球選手などのカード付きスナック菓子、今日のカプセルトイ(ガチャガチャ)まで〈我々の生活は、子どものころから、運を試すアイテムや機会に事欠かなかった〉。費用対効果に見合わない「ツキ」や「期待感」に勝負をかけて金を出す習慣。これは一種のギャンブルで〈子ども時代からの原体験の積み重ねが、日本人の「勝負好き」の基礎をつくり出してきた〉という染谷の指摘も突飛とはいえまい。
 帚木も田中もいうように、ギャンブル依存症は治療が可能だ。自助グループへの参加が唯一の治療法で、その方法は両書に詳しいが、いずれにしても、治療に辿り着くためには、それが病気であることを当人や家族が気づくことが必要だ。
 今日の公営競技はスマホやパソコンで参加できる。ネット上で取り引きできるFX(外国為替証拠金取引)も普及した。水原一平氏がハマったのもオンラインカジノだった。365日24時間ギャンブルができる世界。その代償はしかし、あまりに大きい。当事者を責めるのでなく救うという方向に、認識を改めることが必要だろう。

【この記事で紹介された本】

『やめられない――ギャンブル地獄からの生還』
帚木蓬生、集英社文庫、2019年、682円(税込)

 

著者は作家活動のほか、福岡でクリニックを開いている精神科医で、ギャンブル依存症研究の第一人者。当事者の手記から、依存症に至るメカニズム、治療法の具体例まで、必要な情報が網羅され、ギャンブル依存症の全貌はこれ一冊でほぼカバーできる。IR推進法などを受け、2010年の単行本に大幅加筆。ギャンブル依存症にはうつ病などとの合併症も多いなどの指摘も示唆に富む。

『ギャンブル依存症』
田中紀子、角川新書、2015年、880円(税込)

 

著者は一般社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表理事。祖父、父、夫がギャンブラーで、自らもギャンブル依存症に陥った経験を持ち、現在は当事者や家族の相談支援活動を行う。情報がやや古いのが難点だが、ギャンブル以外は正常な人が多い、遺産相続などで入った大金も依存症の引き金になる、借金の肩代わりは絶対にNGなど、実例の紹介や具体的な提言は説得力大。

『ギャンブル依存――日本人はなぜ、その沼にはまり込むのか』
染谷一、平凡社新書、2023年、1012円(税込)

 

著者は読売新聞の記者、医療ネットワーク事務局専門委員などを経て現在はメディア局専門委員。パチスロにハマッて窃盗に至った元刑事、夫とともに競艇にのめり込んだ女性(田中紀子氏のこと)、闇カジノから野球賭博に手を広げ、借金から逃れるために雲隠れして仕事も家族も失った元一流会社社員など、当事者を徹底取材。事件から見えるギャンブル大国の危険性に警鐘を鳴らす。

PR誌ちくま2024年11月号

 

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