日本で戦後初めてとなる金融機関の破綻、東邦相互銀行(愛媛県)が倒れた1991(平成3)年から2010(平成22)年までに、倒産した日本の金融機関は180にのぼる。
当初は個別の問題という面が強く、それぞれ対応していけばよいと思われた。しかし、負の連鎖は、第二地方銀行(旧相互銀行から転換した普通銀行)、信金、信組等の中小金融機関にとどまらず、都市銀行(都銀)、長信銀3行、第一地方銀行(普通銀行に転換した相互銀行以外の地銀)といった大きな銀行まで傾いていった。
バブル崩壊というマクロ問題が明らかになるにつれて、金融機関が抱える不良債権が雪だるま式に大きくなると、世論の必罰感情が噴き出した。日本経済の急降下に政治家も金融当局も、対応が後手に回り、健全経営だった一般企業も貸し渋り・貸し剝がし被害を受けて、金融恐慌へと突き進んでいった。
このバブル崩壊が、いまも続く「失われた30年」の直接的な原因であるが、当時、金融業界で何が起こり、関係者は何を見誤ったか。非連続に変化する状況下、不確実性が高まったときに、それまでよりどころとしていた前例は役に立たなくなる。そんな中、未曾有の金融危機に対応するため、一時国有化、新銀行の設立、資本注入、不良債権の分離など、これまでになかったスキームが数々導入された。
遅ればせながら自己紹介したい。筆者は、バブルが崩壊し金融不安が顕在化した1990年代に、日本銀行に在籍していた。90年代前半は、当時あった信用機構局という部署で金融破綻処理をデザインし、調整、執行する仕事に携わり、後半は、当時の考査局という部署で金融機関を生かす仕事をしていた。ほとんどの場面で、筆者はその現場にいた。なお本書に登場する関係者の肩書は当時のもの。またバブル以降、金融機関の統合が進み、時代によって名前が異なるが、原則として当時の名称を用いる。大蔵省も、現在は財務省と金融庁であるが、省庁名や部署名は後継組織がない場合もあり混乱するので、省庁名もその時代の呼称を用いる。引用・参照した資料は、その都度出典をあげた。
1986年末から91年初めまでのバブル期の喧騒、「失われた30年」などとも言われるポストバブル期の混乱をまとめた本は少なくないが、本書は、その渦中にいた筆者の現場ドキュメントであると同時に、金融機関の破綻処理スキームとはどのようなものなのかを知っていただきたいと考えながら執筆した。つまり、破綻処理の手法と公的資金の投入方法の段階的な進化に焦点を当てている点が本書の特徴である。
いま「段階的」という言葉をあえて使ったが、金融村では「進むスピードがゆっくりしている」とのニュアンスで使われる。思い返せば、バブルの後始末は、段々に進んだというより、遅々として進まなかったとの思いが強く残っている。本来であれば国民の財産である金融システムを守るため、早期に公的資金を入れるべきであったのに、何度となく見送られたのは、その最前線にいたひとりとして忸怩たる思いがある。
そして、2020年代。金融界は平穏を取り戻しているように見えるが、取り巻く環境は、実は厳しい。23年春には、米国で銀行3行(シリコンバレー、シグネチャー、ファースト・リパブリック)が連鎖的に破綻し、それが欧州の名門銀行クレディ・スイスにまで飛び火した。中国の不動産問題も、いよいよ日本の1990年代に似てきている。
金融不安と隣り合わせにある現代、筆者は本書で、金融機関の破綻は急激に進むということ、その危機対応の考え方と教訓を伝えたいのである。筆者がそこで見たのは、大手行ですら厳しさを増していく資金繰り、預金者の行列ができる取付け、そこへテレビの中継車が押し寄せるといった恐ろしい光景であった。
個別金融機関の倒産は今後も起きるだろうが、当時の日本の不良債権処理や金融危機から得られる最大の教訓は、「金融システムを不安定にしてはならない」ということである。金融は経済の盛衰に大きくかかわる、人類の共通財産である。それを守り抜くために、決定的に重要なことは「ツービッグ・ツーフェイル(Too Big To Fail)」の原則である。つまり、「巨大金融を潰してはならない」ということだと、筆者は考えている。
しかし、この原則は国民感情を逆撫でする。「失敗した金融機関、経済原則や法律を踏み外した者たちを助けるのか。公的資金という税金を入れていいのか」という怒りの声に動かされた政治家が、政策の舵取りを失敗したこともある。そういうこともあって、海外では最近「システミック・リスク・エクセプション(systemic risk exception)」と言うことが多い。つまり、「破綻させずに金融システムから切り離す」ということだ。
ともあれ、北海道拓殖銀行、山一證券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行は破綻させるべきではなかった。お金の流れは重要なライフラインのひとつであり、「金融システムの安定」を民主主義にゆだねきってしまうのは危険である。
システミック・リスク・エクセプションは大手銀行を破綻させないという点で本質的にはツービッグ・ツーフェイルと同じである。欧米ではツービッグ・ツーフェイルという言葉は使われなくなっている。本書では象徴的な意味合いから敢えて使用した。
読者の「ツービッグ・ツーフェイル」原則への理解が深まることを期待したい。
バブル経済が崩壊したとき、金融業界では何が起こり、関係者は何を見誤ったのだろうか。一時国有化、新銀行設立、資本注入、不良債権の分離など「破綻処理」は何を狙ったものだったのか。「1997年11月、コール市場でデフォルト(債務不履行)が発生したことを契機として拓銀、山一証券といった大手金融機関が相次いで資金繰り破綻、98年には長銀、日債銀も破綻した。資金流出が始まると、他への取付けの伝播を伴いつつ、流出は加速し、苦しみぬいて最期を迎えた。私はそのあり様を後世に伝えたいと漠然と考えていた」(本文より)――最前線の現場記録。