単行本

「お金の教育」よりも強力な武器
『親子で学ぶ どうしたらお金持ちになれるの?』書評

橘玲『親子で学ぶ どうしたらお金持ちになれるの?:人生という「リアルなゲーム」の攻略法』(2024年11月27日発売)についての田内学さんによる書評を公開いたします。ぜひお読みください(PR誌「ちくま」2024年12月号からの転載)

 深夜の書斎。ひとりパソコンを開き、話題の『地面師たち』をNetflixで見る。フィクションではあるが、実際に起きた不動産詐欺がモデルになっていて、他人を簡単に信用できない現代社会を描いている。詐欺師集団の中にいるイケメンの主人公もまた、仲間を信じることができず疑心暗鬼に陥っている。

 ふと、主人公の俳優の名前が気になった。しかし、すぐに思い出せない。パソコンのブラウザで「地面師たち キャスト」と検索すると、Googleが綾野剛の名前を表示してくれた。

 数年前なら、リビングのテレビで見ていただろう。そして、「この俳優って、誰だっけ?」と隣に座る子どもにたずねていたはずだ。その時代がなつかしく思える。スマホやパソコンがテレビの役割を果たすようになり、テレビは一家に一台から、一人に一台になった。さらに、子どもがGoogleを使うようになれば、親が知識を披露する場もない。便利な社会になり、子どもとの会話は減ってしまった。

 かつて一つの村にテレビが一台しかなかった時代は、村の中で助け合って暮らしていた。一方で、まわりに気を遣わないといけなかった。やがて、村のしがらみや不合理から抜け出そうと思う人が増えた。生活の単位は家族になり、ついには個人になりつつある。「一人でも生きていける」とも言えるし、「一人で生きないといけない」とも言える。社会の大部分が合理化の波に飲み込まれた。一度合理化されると元に戻ることは難しい。

 昔のように、村一番のお金持ちの有力者が、村人たちを屋敷にあげてテレビを見せてはくれない。そんなことをすれば、何をされるか分からない。隣人は助け合う仲間ではなく、疑うべき他人なのだ。

 現代社会では、「地面師たち」が溢れていると思ったほうがいい。合理的に考えられない人間、自分の利益を最大化できない人間は損をする時代になったのだ。

 橘玲さんは、生きていくために必要な一番の武器は合理性だと新刊『親子で学ぶ どうしたらお金持ちになれるの?』で説いており、僕はそれに賛同する。

 橘さんは、あとがきでこのように述べている。

“最近は「金融教育」が話題ですが、ほんとうに大事なのはここで書いたようなことで、小学生に株の話をしてもなんの意味もないでしょう。”

 まさにその通りだと思う。

「金融教育」が学校で導入されているが、その実態は金融商品を勧める教育に過ぎないことが多い(本来の金融教育は、お金や金融のしくみを理解した上で、自分の暮らしや社会のあり方について考えることを目的にしている)。

 もちろん、金融商品について詳しくなること自体は悪いことではないが、それよりも先に学ぶことはたくさんある。

 そういう説明をしても、なかなか納得できない親は多い。なぜなら、親自体が、「不安ビジネス」に取り込まれているからだ。

 物やサービスが溢れる成熟した経済では、不安を煽ることで人々にお金を使わせようとする。「投資」や「教育」はその典型であり、「投資をしないと損をする」「他の子どもたちは皆学んでいる」といった煽りが、金融商品や教材の販売に利用される。「金融教育」はその両方を包含する強力なキーワードとなり、いつの間にか本来の意味を逸脱してしまっているのだ。

 この本が教えてくれるのは、社会とはどのようなゲームなのかということ。そして、最大化すべきはお金ではなく幸福度である。お金はそのための道具であり、時間や人的資本もまた重要な資源である。「金融教育」に不安を感じる親こそ、この本をじっくりと読んだほうがいい。そして、あとがきの最後の一文をぜひ読んでほしい。

 きっと、Netflixの時間を減らして子どもと過ごす時間を増やそうと思うはずだ。

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