最近小さい文字が読みにくくなった、健康診断の検査値に要観察の注意がついた、人の名前がすぐに思い出せない、昔ほど元気はつらつとしていないような気がする――人は誰でも歳を重ねるとそういうことが増えます。病院に行くほど困っているわけではないものの、認知症や重い病気の前触れだったら困るなぁと、なんとなく不安に感じるのは誰でも同じことです。
また、とくに自覚症状があるわけではないものの、野菜を食べる量が足りないとか、食生活が理想的なものではないのではと感じて、何かサプリメントのようなものを足したほうがいいのではないかと不安になる人もいると思います。
一方で、テレビやネットを見たり、ドラッグストアやコンビニで買い物をしたり、雑誌や新聞、あるいは郵便受けに入っているチラシに目をやると、そこにはサプリメントや健康食品の宣伝が溢れています。
なんとなくの不安が少しでも和らぐなら、とサプリメントを使っている人もいるでしょう。子どもの最適な成長のためにとか、いくら食べても太らないといった魅力的な宣伝文句に惹かれることもあるかもしれません。
ところで、そのサプリメントとはどういうものなのか、あなたは知っていますか。病院でもらうお薬との違いはわかるかもしれませんが、では薬局で買える第3類医薬品のビタミン剤とは、値段以外に何が違うのでしょうか。さらに、健康食品の中には特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品と書いてあるものがありますが、それは何を意味するのでしょうか。
実は多くの人が、健康食品に関する制度をあまりよく知らないということが報告されています。機能性表示食品については、消費者自身が消費者庁のホームページに掲載されているデータベースを使ってその食品についての情報を検索し、買うかどうか判断することになっていますが、そんなことをしている人はどのくらいいるでしょうか。
2024年、紅麹を含むサプリメントを使用したたくさんの人が、腎機能障害などの健康被害に遭うという大きな事件がありました。この事件をきっかけに、機能性表示食品の制度が少しずつ変わりつつありますが、健康食品そのものの問題については手付かずのままです。
本書では、サプリメントを中心とした「いわゆる健康食品」について、消費者が知っておいた方がいい基本的なことを解説していきます。私たちは日頃、たくさんの健康食品の広告に接しているのに、ほとんど伝えられていないことがたくさんあるのです。とくに諸外国での健康食品の安全性対策をみてみると、日本の食品が海外よりも安全だなどと安心していてはいけないのだと思わされます。
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本書は6章構成になっています。まず第1章では、2024年3月に発覚した紅麹を含
む製品による健康被害がどのようなものであるか、これまでわかっていることをまとめました。前例のない大きな事件の記録と検証の意味もありますが、この事件は、健康食品の問題点を多く含むものです。
第2章では「健康食品」とはどういうものなのか、現在の日本の法律による定義やその実態を解説します。
第3章では基本に立ち返って、健康食品に限らずそもそも「食品が安全である」というのはどういうことなのかを確認します。私たちは食品が安全であることを当然のように思いがちですが、その本当の意味をちゃんと説明できる人は、あまりいないのです。
第4章では、海外の健康食品をめぐる制度がどのようになっているのかについて、いくつかの例を紹介します。食品中に含まれる化学物質が原因で、死亡を含む重い健康被害が多く報告されていますが、実はその典型的なものがサプリメントなのです。そのため諸外国では、健康食品についてはさまざまな仕組みを作って安全対策をしてきました。その中には、日本に欠けているものもあります。
そして第5章では、健康食品と医薬品の境界について考えます。錠剤やカプセルは見た目が似ていても、食品と医薬品には大きな違いがあるのです。
こうした健康食品とその周辺のいろいろな話題を踏まえたうえで、第6章では健康食品とどうつきあったらいいのか、筆者の提案を述べます。制度のあるべき姿、そして消費者としてこれだけは知っておいてほしいということをまとめました。
全体のストーリーはありますが、興味のある章から先に読んでいただいても大丈夫です。専門家ではない一般の人が読み物としてすらすら読めるように、文中での文献の引用や脚注はできるだけ省きました。その代わり、参考文献を知りたい人や、もっと勉強したい人向けに、巻末で参考になるような書籍を紹介しています。
今サプリメントをなんとなく使っていて、効果を実感できずに本当に必要なのかどうか迷いがある人はいませんか。広告が魅力的で、使ってみたいサプリメントがある人もいるかもしれません。そういう人は、ぜひ本書を読んでみてください。本書を読んだ後で、もう一度そのサプリメントの宣伝文句を見てみたら、以前とは受け取り方が変わると思います。
すべての人が十分な情報をもとに、最善の判断ができるようになることが食品安全リスクコミュニケーションの目標です。本書がその役に立つことを願っています。