選ばない仕事選び

第18回 誰にでもできる仕事

連載第18回 仕事は誰かほかの人が自分の代わりにすることができる。でも、それは適当でもいいって意味じゃない。その仕事を全力ですること、それが正しいあり方だ。

お布団に入るのは、一年中いつだって気持ちがいいものだけど、寒くなってきたこの季節、最初は冷たいお布団がだんだん温まってくるあの感じがもう最高なのである。一度入ったら抜け出せないお布団の世界。できれば、ずっとお布団の中で暮らしたい。

 

人が代わればやり方は変わる

 

僕は前回のこの連載で、人は働いているとつい「これは自分がやらなきゃダメなんだ」「自分でなければうまくいかないんだ」なんて思ってしまいがちだけど、それは単なる思い込みだぞと書いた。その思い込みを大人たちは「責任」だと勘違いしているから惑わされちゃいけないし、そんな「責任」は放り出して構わないとも書いた。

スーパーで冷蔵庫の商品を補充するのだって、ゲーム機の音声を録音するのだって、よくよく考えてみれば僕でなければできないわけじゃない。僕がいなければ、ほかの誰かがやるだけのことで、たいていの仕事はそんなふうに代わることができる。僕にしかできないのではなく、僕にしか「僕のやり方はできない」ってだけのことだ。人が代わればやり方だって変わる。それだけのことなのだ。

 

誰にでもできる仕事をしよう

 

ふらりと書店へ行って、仕事や働くことについてまじめに書かれた本をパラパラ捲ってみると、あなたにしかできないことをやりなさいだとか、代わりのきかない人になりなさいなんてことが書かれている。いいか。そんなものは無視していいのだ。もしも周りの大人が同じようなことを言い出したとしたら、やっぱり無視していいのだぞ。

少なくとも働くことにおいては、僕たちはいくらでも代わりがきく存在になるべきだと僕は思っている。誰にでもできる仕事をするべきなのだ。別の言い方をするならば、君は自分の仕事を自分以外の誰もができるようにしておくべきなのだ。

もしも君が君にしかできない仕事をやることになったらどうなるかを考えてみればいい。かぜをひこうと頭が痛かろうと、家族との大切な約束があろうと、君はその仕事をしなければならなくなる。だって、君にしかできないのだから。だって、君以外にやる人がいないのだから。でも大丈夫。ほとんどの仕事は代わっても問題ないし、代わっても問題ないのが正しい仕事なのだと僕は考える。特定の個人にしかできないのなら、たぶんそれは仕事じゃない。仕事以外のもっと別の何かなのだ。

 

こんなことを書くと、大人たちは「ほらまた鴨がおかしなことを言っているぞ」「鴨の言うことなど信用しちゃいけないぞ」と言い出すだろう。僕もそう思う。僕の言うことはあまり信用しちゃいけない。僕は僕のやり方で流されるまま生きてきて、たまたま今のようになっただけだから、君たちが僕と同じようにできるかどうかはわからない。僕にできるのは自分の話だけだ。

 

レコード業界で働いていたときの話だ。ほかに誰もいない深夜のオフィスで、一人パソコンに向かっていると、いつのまにかキーボードがびしょびしょに濡れている。僕の手も濡れている。いったいどこの水が零れたのだろうと不思議に思っているうちに、ようやく僕は気づいた。僕は泣いていたのだ。この仕事は自分にしかできないと思い込み、自分がやらなきゃならないと思い込み、誰とも代わろうとしなかった結果、深夜のオフィスで自分でも気がつかないうちにボロボロと涙をこぼしていたのだ。

 

絶対に代われないのは仕事なんかじゃない。家族や友人や君自身だ。仕事は誰にだってできる。でも君の人生は君にしかできない。それが何よりも重要なのだ。

 

作家だって代わりはきくはず

 

今の僕はものを書くことを仕事にしている。小説を書いたり、テレビ番組やイベントの台本を書いたり、広告のキャッチコピーを書いたりしている。僕の書く小説は僕にしか書けないわけで、ほかの誰かが僕の小説を書くことはできない。そういう意味では代わりがきかないと思われている。

でも、代わりはきくのだ。僕の小説は僕にしか書けないけれども、小説そのものであればほかの人にも書ける。僕が書かなければ、その代わりにほかの誰かの書いた小説が雑誌に載って本になるだけのことなのだ。

もちろん「小説を書いてください」と頼まれて「わかりました、書きます」と答えたのに書かなかったら約束破りになるし、そのあと二度と依頼は来なくなっちゃうだろうから、そこはさすがにほかの誰かに代わられないようにがんばるけどね。

 

誰にでもできる仕事を全力で

 

仕事は人生における一つの要素でしかない。とはいえ、今の日本社会ではけっこう長い時間を費やすことになる要素だから、ほかの誰かといつでも代われるようにしておかなければ、いつしか仕事に囚われてどんどん自分の時間が消えてしまうだろう。だからどんな仕事であっても、自分だけではなく誰にでもできるようにしておくことが重要になる。

ここで間違っちゃいけないのは「いつでも代われる」のと「手を抜く」のはまるで違うってことだ。世界を変えるために、何かを付け加えるために、やるべきことはきちんとやらなきゃならない。せっかく仕事に選ばれたのだから、思い切り楽しまなきゃ、それはもったいない。

大切なのは、この仕事は自分でなくてもできるのだと、誰かほかの人が君の代わりになれるのだと覚えておくこと。そして、それが正しい仕事のあり方なのだと知っておくこと。

出会った仕事を全力で楽しみながら、でも、いつだって辞められるようにしておく。それが仕事との正しい付きあい方なのだと僕は思っているよ。