ちくま学芸文庫

コレクターと中国古書

書籍を分類する営みとして長い歴史を持つ目録学。この学問のさまざまな側面を縦横に解説したのが、清水茂著『中国目録学』です。高津孝氏(鹿児島大学名誉教授)が本書の読みどころについて興味深いエピソードとともにお書きくださいました。

 2020年12月、北京で開催されたオークションで、宋版『王文公文集』(宋代に出版された文人政治家・王安石の詩文集)3巻(全100巻のうち)が、2億6335万元(手数料込、日本円約56億3000万円)で落札された。とんでもない金額である。これは特殊な例かもしれないが、日本でも数年前に宋版『後漢書』が数億円で落札されたと聞いたことがある。このように現在、中国の古典籍、特に宋版の書籍には法外な値段が付くことがある。では、このような現象の背後にはどのような社会的、歴史的経緯があるのだろうか。こうした点について手掛かりを与えてくれるのが、『中国目録学』である。
「目録学」という言葉は一般に聞きなれない言葉といえるであろう。おそらく、初めて聞いた人は、「図書目録」から連想される本の名前がひたすら並んだだけのリストを想像するかもしれない。事実、「目録学」は、図書目録の歴史をその一部とするが、じつは、中国の書物についての研究全体を意味し、実に多様な内容を含むものである。本書は、中国の古い書物について、これだけは知っておくとよいという内容を簡潔に手際よく説明した解説書であり、図書館員を対象とした中国古典籍の講習会でテキストとしても使用された。
 中国では二千年を超える書物の歴史があり、様々な独自性を有する特徴が積み重ねられてきた。中国の学術を知ろうとするとき、これらについての知見を得ておくと、より広く深く対象を理解できる。また、そういった学問的な内容だけでなく、書物に関連した話は興味をひくものが多い。本書は、全体を十章に分かち、中国における書物の誕生から、紙の発明、分類の変遷、印刷術の発明、巻子本から刊本へと、時代順にトピックをあげて説明を加えるが、テーマ別になっているのでどこから読んでもよい。
 古書に大金を投ずるのは、古書にそれだけの高額を投じる価値があるという文化的前提が存在してのことであり、単に投機目的であるとは一概には断じられない。2016年に北京のオークションで1億3000万円を超える高値で落札された宋版『礼記』は、現在、上海に美術館を建設し名品を収蔵する劉益謙という中国の大富豪のもとにある。文化的価値を理解したコレクターのもとに書画骨董は集まっていくのである。そもそもなぜ宋代の出版物「宋版」が特別な意味をもつのかも、宋代が印刷術の普及した時代であり、現存する印刷物は宋代がほぼ上限であることがポイントとなる。より古いもの、より貴重なものを追求するコレクターたちは宋版に行きつくのである。
 図書が現在まで伝わるのは、蔵書家たち、古書のコレクターたちの活動に負うところが大きい。本書では、大富豪ではない、慎ましい蔵書家として、趙明誠と李清照という宋代の夫婦の逸話も取り上げられている。彼らはそれほど豊かな家計ではない中、衣服を質入れして、少しずつ書画骨董や拓本を購入し、夫婦してそれらを整理していた。やがて、北宋は金の軍隊の侵入で崩壊し、二人の集めた蔵書も離散してしまう。大蔵書家ではないが、こうした無数の蔵書家によって何百年も古書が保存され現代にまで伝わっているのである。蔵書家たちの中には、こまめに記述を残し、特定の時代にどのような書物が存在したのかという重要な情報を我々に伝えてくれるものもある。それが目録である。また、目録は、単に書名の列記ではなく、そこには順序があり、文化的序列が表現されている。したがって、図書目録は前近代中国の知のヒエラルキーを具現化したものでもある。無味乾燥な図書の目録も、学術のヒエラルキーがそこに表現されていると見ることでずいぶん印象が異なってくる。古書の学は意外と奥が深いのである。

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