ちくまプリマー新書

国語が満点でも、大人になっても、読解力におわりはない!
『読めば分かるは当たり前?』より「はじめに」を公開!

読解力とはなんなのでしょうか? 認知心理学の観点から、読解の複雑なプロセスを解明し、どうすればよりよく読むことができるのかを考える『読めば分かるは当たり前?――読解力の認知心理学』より「はじめに」を公開します。

はじめに

「日本人なんだから、日本語が読めるのは当たり前だ」

 と言われると、たしかにそうかもしれないという気がしてきますね。国語や現代文の授業でわざわざ勉強しなくたって読めばわかるよ、という人もいるかもしれません。

 ですが、「勉強しようと思って教科書を開いてみたけど、何を言ってるのか全然わからなかった」とか、「説明書を読んだのにやり方を間違えて失敗してしまった」という経験をした人もいるでしょう。国語が苦手だという人の中には、「読み取りの問題でどれが正解の選択肢なのか分からない」という人もいるかもしれません。こうしてみると、日本語でも読んで分からないことがたくさんありそうですね。

 読んで分かるのは当たり前、読んで分からないことがたくさんある、一体どっちなのでしょうか。

 「読んで分かるのは当たり前」だという人の中には、「読んで分からないのは〝読解力〞がないからだ」という人もいます。そう言われるとなるほど、という気持ちになりますね。なるほど、読んでわかるのは当たり前だけど〝読解力〞がないとわからないことがある、というのは説明になるような気がします。

 では、〝読解力〞がなくて、「読んでもわからない」とどんな問題があるでしょうか。

①「あなたに有利な条件だから」と噓をつかれて不利な契約書にサインしてしまった

②テストの解説を読んでもなぜ間違いなのかわからない。もういいや

③仕事に必要な資格のためにテキストを読んだがちっとも頭に入らない

④小説を読んでも面白さがわからない

⑤よく読むとインチキなのに気づかず商品を買ってしまった

 ……できれば避けたいことばかりですね。どうやら「読んでわかること」は重要そうで、読解力が必要そうです。

読解力は身につくのか

 では、どうすれば読解力は身につけられるのでしょうか。「読解力」をキーワードにネット検索をしてみると、「読解力を伸ばすには」と題したウェブページをいくつも見つけることができます。こういうウェブページに書いてあることに従えば読解力がつくでしょうか。はじめに期待をへし折って恐縮ですが、そんなにすぐに「読解力」はつかない、ということははっきりさせておかなければなりません。ウェブページのせいばかりではなく、この本を読んでもたぶんそんなに「読解力」は身につきません。ごめんなさい。

 言い訳をすると、そもそも「読解力」というまとめ方が雑すぎるのです。たとえば、「サッカーができる力」を「サッカー力」と名付けたとして、「このトレーニングをしたら一週間でサッカーが上手になります」と言われたら「そんなにすぐには無理でしょう」と思うはずです。数学ができる力を「数学力」として、「この一冊で数学力が身につきます」と言われても同じように感じるのではありませんか?

 先で述べたように、「読んでわかる力」を「読解力」と呼ぶのは、人間のある種の能力をたいへんざっくりと大きくくくったもので、「サッカー力」や「数学力」のようなものです。ですから、この本を一冊読んだだけでガラッと変わるようなものではないと思いませんか。がっかりされたかもしれませんが、「この塾に通えばすぐに」「このトレーニングをすればすぐに」読解力を身につけられますよ、という話は信じない方がよいでしょう。世の中、うまい話はそんなにないのです。

 では、読解力を身につけることはできないのか、というとそういうことではありません。

 読解力は生まれつきのセンスであるとか、小さいうちに鍛えないとダメだという人もいますが、そんなことはありません。「読解力は○歳までが勝負」「読解力は○歳以降は伸びない」というような年齢制限を主張するのも基本的には誤りだということです。こちらは今から「読解力を身につけよう!」と考えている人には朗報ですね。

 読解力の獲得に年齢制限があるという主張には、読み聞かせや絵本などの幼少期の体験を重視するものが多いようです。幼少期に読み聞かせをすることや、絵本を読む経験はさまざまな意味で人間の能力や感情の豊かさを育みます。もちろん、言葉への興味や語彙の獲得にこれらの活動が有効でもあることが示されていますから、読解力を高める上でも良いことだと言えるでしょう。ですから、これらが必要ないとか意味がないというわけではありません。しかし、幼少期の読み聞かせや絵本を読む経験が「重要で良いものである」ということは「それがなければダメである」ということを意味するわけではありません。中学生・高校生になってから、大学生になってからも読解力は大きく成長します。大人になってから読むのが好きになったという人は私の周りにも大勢います。「自分はもう手遅れだ」とあきらめてしまう必要はありません。

 「もう自分は十分読解力がある」と満足している人もいるかもしれませんが、ちょっと待ってください。この年齢でこれが読めればもう読解力はコンプリート、というような基準があるわけではない、というのも重要なことです。「自分は国語のテストが得意だから読解力がある、もう読解力は身についているから、これから頑張らなくてもOK」と考えるのは間違いです。小学生が「ぼくはもう絵本は全部読めるから、読解力は十分」と言っていたら「いやいや、これから先、もっと難しい本、全然違うタイプの本を読むことになるよ」と教えてあげたくなりますね。同じことです。高校生のときに高校生向けの小説を読めることが、大学生になって教科書を読めることを約束してくれるわけではありません。読み手の知識や置かれた状況、これから身につけたい知識など、様々な要因で読む対象は変わっていきます。成長すればしただけ、次に読みたい本、読むべき本が変わっていきます。ですから、ある時点で「十分な読解力がある」ということがゴールに到達したことを意味するわけではないのです。読解力は、「はい、身につきました、終了」というものではなく、絶えず鍛えていかなくてはならないものだと言えるでしょう。

そもそも読解力とはなんなのか

 それでは具体的にどうすればよいのか、と考えようとすると、実は私たちは「読解力」がそもそも何なのかよく知らないということに気づきます。「読解力がある」「読んでわかる」とはどういうことなのでしょうか。実はこの問いに十分答えられる人は少ないのではないかと思います。私はこれまで、読解力についてずいぶん多くの人とお話ししましたが、「読解力が大事!」と言っている大人の多くはなんとなくフワッと「読解力」というものをイメージしていて、それが大事だ大事だと言っているのです。人によってはずいぶんと違う「読解力」をイメージしていることもあります。それぞれの人が思い浮かべる「読解力」のイメージは実は色々で、「わかる」とはどんな状態を指しているのかもバラバラだと言って良いように思います。

 私たちは「読解力がある」という状態を目的地に設定しているけれども、それがどんな場所なのか、よく分かっていないのかもしれません。もっと言うと、自分の「読解力」の現状や、どうすれば望んでいるような「読解力がある状態」にたどり着けるのか、その道筋も、実はよく分かっていないのではないでしょうか。「なんかよくわからないけど〝読解力〞を高めたいな」と思っている状態は、地図を持たずに知らない土地にいるような状態だと言えるのかもしれません。

 ですから、私はこの本を「読解力を高めるための地図」にしたいと考えています。つまり、読むことや読解力について、目的地、現在地、目的地への道筋をお示しするのがこの本の役目です。この本を読んですぐに読解力が向上するわけではないけれど、どんなふうになればよいか、今自分はどういう状況か、どうすれば「読解力のある人」になれそうか、その地図を読んだ人ひとりひとりが描ければよいなと考えています。

 地図としてこの本がはじめにお示しするのは読解力の「目的地」です。私たちはどんなふうになりたいのか、読解力があるってどういうことか、まずは目的地をみんなで確認しましょう。

 目的地を理解したら、次は現在地を知らなくてはなりません。自分の読解力がどういう状態なのか、「私は読解力がない」というのはどういうことなのかを丁寧に考えてみましょう。自分の読解力を知るためには、心理学の研究知見が役に立ちます。「分からない」「読むのが難しい」というのはどういう状態なのか、心理学的に紐解いていきます。

 目的地と現在地、つまり「読解力があるとはどういうことか」また「読解力がない状態とは何ができない状態なのか」をハッキリさせたいのは、それが道筋を考えることにつながるからです。道筋がわかると、より良い練習ができます。スポーツでも勉強でも、何かを上手にできるようになるためには、「良い練習」が必要です。自分の弱点や改善のポイントを知らずにやみくもにやってもなかなか成果は上がりませんね。理想的なバッティングフォーム(目的地)と、自分のクセ(現在地)を意識せずに「素振り一〇〇〇回!」とやってみてもあまり効果はありません。現在地から目的地に進む道筋を考えて練習することが重要です。読解力も同じことです。目指す読解力の姿と自分の読解のクセやつまずきを知ることで、自分の読解力を高めるためにもっとも良さそうな練習方法はなにかを選べるようになることが重要です。

 「自分で考えないとダメ? とにかくどうしたらいいかだけさっさと教えてよ」「別に読解力がなにかとか自分の読解力の現状とか、そのあたりはフワッとしているままでもいいじゃないか」と思う人もいるかもしれません。私のことを、「そもそも○○ってなんですか? 定義は?」と言い出す面倒くさい人だと思っている人もいるかもしれません。私自身が面倒くさい人だということ自体は否定しませんが、自分の状況や目的地に応じて進む道を考えられるようになるほうが、この先ずっと役に立ちますし、楽しいです。ですから、この本では、いくつかの読解力を高めるポイントもお示ししますが、目的地と現在地をみなさん自身が把握して、自分で練習方法を編み出すことにも期待したいと思います。

 この本は「すぐに読解力を身につける」特効薬ではありません。しかし、みなさんが自分の読解力についての地図を描き、目的地に楽しく向かっていけるように、その準備をお手伝いすることはできると考えています。では早速、私達の地図を見つけにいきましょう。



『読めば分かるは当たり前?』

好評発売中!

関連書籍