【2024年11月3日 渋谷・大盛堂書店にて】
齋藤 本日はどうぞよろしくお願いいたします。市街地ギャオさんのデビュー作、『メメントラブドール』が発売されて一週間と少しが経ちましたね。
市街地 本になるよりも先に「太宰治賞ムック」という太宰治賞受賞作と最終候補作が掲載される雑誌の方で発表はしていたんですけど、改めて装丁がついて自分の名前がカバーに載って、自分だけの本になって……刊行までには僕だけじゃなくたくさんの大人の人たちが関わってくれてここまで辿りついたので、「まだ一週間なんか!」みたいな感覚があります。刊行からもう一年ぐらい経ってる気持ちなんですけど、やっぱり感慨深いです。
齋藤 受賞が決まった時期はいつぐらいだったんでしょうか?
市街地 2024年の5月10日ですね。その日に最終選考会がありました。
齋藤 ということは、作品を書かれたのは去年(2023年度)ぐらいということですよね。
市街地 たしか11月の前半あたりに最初の叩き台を書き始めたので、今、ちょうど一年ですね。ものすごく遠いところまで来た気がします。
齋藤 応募をされた時は「賞を獲るぞ!」という気持ちで書かれていたかと思うのですが、出版記念イベントということでこれだけのお客様の前に実際に座ってみて、どうですか?
市街地 一年前の自分からしたら絶対信じられないというか、言っても信じてくれないぐらいだと思います。それこそ受賞自体も、全く目指してなかったかって言われると嘘になるかもしれないですけど、どっちかっていうと記念受験みたいな気持ちで書いていたし、1次選考や2次選考を通って自分の名前がインターネット上に出たらもうそれだけで十分報われるなと思っていたので、まさか受賞してこんなふうに皆さんの前でお話しする機会が生まれるなんて、思ってもみなかったです。
…………
齋藤 さっそく作品についてもうかがっていきたいと思います。私はもともと愛について書かれた小説がとても好きなんですが、『メメントラブドール』を読んだ時、この作品はがっつりと愛が描かれていると思ったんです。でもその描かれている愛っていうのは、他者への愛というよりは、どちらかというと自分自身への自己愛みたいなものだとも感じました。主人公の彼が他者に愛を求めるのは、自分のことを愛しているからなんじゃないか? 彼は本当は愛されたいのかもしれないし、誰かを愛したいのかもしれない。彼は彼にとっての愛をずっと叫び続けている。そんな作品なんじゃないかな、とド直球に感じました。
市街地 嬉しいです、ありがとうございます。
齋藤 主人公には色んな顔がありますよね。常に「私」という一人称ではありますが、ネット上では「ノンケ喰い」だったり、大学院卒の若手正社員だったり、コンカフェのキャストだったり、いくつかの顔を持っている。でも、彼が一人の人間であることは変わらなくて、様々な場所で様々な顔を見せているのに、それらがシームレスに繋がっていくことこそがすごく人間らしいです。この作品を書こうと思ったそもそものきっかけというか、構想はどういったところから生まれたんでしょうか?
市街地 構想としては、今おっしゃって下さった「主人公が色んな世界で生きている」ことというのは、最初はあんまり考えていなかったんです。この作品を書き始めた頃は、スマホのメモ帳にひたすら序章のマッチングアプリのシーンを書き連ねていきました。それが最初の叩き台になっていて、そこから「この主人公って普段何してるんだろう?」「多分マッチングアプリだけをして生きているわけではない」「生活の糧があったりとか、生活の糧にはならないけど趣味か何かを持っていたりするんだろうな」と考えを膨らませていったときに、主人公が帰属している色んなソーシャルが生まれてきて、それらを横串で通すために文章を繋いでいくことで、ストーリーができていきました。
齋藤 主人公がまず「マッチングアプリでノンケ喰いをしている人」になったのはなぜだったんでしょうか?
市街地 さっき齋藤さんがこの本は愛の物語だと言って下さいましたが、自分を愛するっていうことはすごく不確かで難しいことだと思っていて。人はどうしても他者の承認を求めてしまうというか、自分で自分だけを見つめていると自分の座標がわからなくなるから、主人公はきっと他人を通して「自分がどこにいるか」「自分がどこにいるべきでどこにいたいのか」を模索し続けた。その結果として、最終的にマッチングアプリに辿り着いたんじゃないかなと思います。
齋藤 物語が進んでいく中で描かれる世界の解像度の高さも衝撃でした。ネタバレにならない範囲で一個、すごくお気に入りの描写があるんですけど……コンカフェのお客さんで、髪の毛がすっごくパサパサな女の子がSHEINの服を着ているんですが、その子は自分の服からタグがはみ出ちゃっているのに自分で気づいていないんです。その解像度の高さ! 女の子的にSHEINって「安くて高見え」なブランドですよね。「良く見えるような服」を着ているけど、髪の毛まではお手入れが行き届いていない。しかもタグまで出ちゃってるようなその「見えてなさ」の解像度にしびれました。
市街地 ありがとうございます。メメラブは登場人物一人一人の解像度が高い、と言っていただくことがありがたいことに多いんですが、その女の子は読んでくれた方々からとても人気です。
齋藤 人気キャラですか!
市街地 シーンとしてはいっぱい登場しているわけではないんですけど、やっぱり強烈な登場人物だったんだと思います。
齋藤 同僚のコンカフェキャストに対する「うたちょ」(主人公の源氏名)の視線も鋭いです。具体的な説明があるわけじゃないのに、キャストの彼らがどういった生活をしているのかが、描写でなぜか伝わってくる。ギャオさんご本人が他者のことをたくさん観ていらっしゃるからなのかな、と感じたんですが、人間観察みたいなのは結構お好きだったりしますか?
市街地 人間観察が趣味というわけではないんですけど、自然と人のことは目で追ってしまうというか、例えばインターネットで気になる人を見かけたら、そ分だけじゃなくて、もっと深い部分も知りたくなりますね。その人が普段どういうことをしてるのかとか、どういうものを食べてるのかとか、調べちゃっていることは結構あるかもしれません。その人が好きなものもですし、嫌いなものがあるのであれば、それってどんなものなんだろう?とそれをさらに追っかけたりとか。ちょっと変質的かもしれないんですけど……。
齋藤 実は私もそういうところがあったりします。一度気になっちゃうとその人のことをすごく調べちゃうんですけど、それがちょっと楽しかったりもしませんか。
市街地 世の中には気になるもののフックがアクセスしやすい状態でいっぱいありますよね。街中で見かけた「ちょっと気になる人」レベルでも調べたら情報が出てくるような時代で、そういった社会の構造が僕のこのヤバさを助長させている気もします(笑)。