ちくま新書

紅麹サプリ事件が映し出す健康志向社会のわな
畝山智香子『サプリメントの不都合な真実』書評

あなたが飲んでいるそのサプリメントは大丈夫? 畝山智香子さんの新刊『サプリメントの不都合な真実』(ちくま新書)の書評を、科学ジャーナリストの松永和紀さんにお寄せいただきました。
畝山智香子『サプリメントの不都合な真実』(ちくま新書)

 紅麹サプリメント問題、真相はなんだったのか? そんなことを思いながら本書を手に取る人が多いのではないか?

 その〝答え〟は書いてある。だがその前に著者がこれまで、日本の「食品安全」分野でどのような役割を果たしてきたかに触れたい。それを知ればおそらく、本書の内容の重みがより深くわかるはずだ。

 著者は、食品中の化学物質のリスクに関わる海外情報の収集に、国立研究機関で長く携わってきた。その情報が、内閣府食品安全委員会や厚生労働省、農林水産省等の食品安全行政に活かされてきた。

 なんだ情報収集か、と思ってはいけない。この分野の科学的な進展はすさまじく速い。また、各国がそれぞれの食料生産や消費の事情、食文化等に対応したリスク管理策を次々に講じており、変化が激しい。日本もうかうかしているとあっという間に置いてきぼりにされる。

 もちろん、国も情報収集に努めているが、おなじみの縦割り、しかも、担当職員が二年ごとに交代するというのが日本の役所。諸外国の公表情報の把握ですらおぼつかないし、情報を重ね合わせて各国の方向性を解析予測し、日本の施策に活かす、というレベルにはなかなか達しない。

 これに対して、著者は薬学博士であり、二十年にわたって日本の食品に関係するリスク評価や管理に役立つ情報を収集し解析してきた。そのスキルと判断力は、極めて高い。しかも、著者は集めた情報や解説を国の機関内で共有するだけでなく、自身のブログでも主要情報の紹介を毎日、続けてきた。英語の分厚い報告書のもっとも重要な部分を、筆者が日本語ですぱっと提示してくれるのだ。官民を問わず、食品安全に関わっていれば、著者の集めた情報や解説に助けられた経験のない者は、いないはずだ。

 その著者が定年退職し、二〇二四年春から個人として情報収集と発信を始めた。国のくびきを逃れ、もっと自由に鋭く、日本の行政の不備も指摘し、的を射た直言をしてくれるはずだ。関係者は皆、期待で待ちに待っていたところで出てきたのが本書である。

 冒頭から「それでも飲みますか?――紅麹問題から考える」と始まる。危険は予期されていた/機能性表示食品は「気のせい食品」?/サプリメントなどいわゆる健康食品は最もリスクが高い……など、インパクトのある言葉が並ぶ。

 著者は、紅麹サプリメント問題後に消費者庁が設置した機能性表示食品制度の検討会にも呼ばれ、専門家として意見を述べた。この問題について、本書以上に詳しくわかりやすく整理した文書、書籍は、今のところないだろう。

 とはいえ、企業を感情的に批判したり市民の不安を煽ったりするのではなく、科学的根拠を示して起きた事象やその原因をあざやかに記録しているから、主張には説得力がある。

 第二章で日本の機能性表示食品、特定保健用食品など健康食品制度を解説し、第三章では、「食品だから安全に違いない」という多くの人たちの思い込みにメスを入れる。第四章では海外の健康食品・サプリメントの規制・制度に触れている。第五章は、食品と医薬品の境界線を取り上げている。冷静な筆致から浮かび上がってくるのは、日本の健康食品制度の緩さ、制度を儲けの手段ととらえている企業の欺瞞、そして、情報に踊らされている人々の姿である。

 厚生労働省によれば国民の約三割がサプリメントを毎日利用しているという。体の不調を抱えサプリメントにすがる人、なんとなく摂っている人、よさを実感している人……さまざまのはずだ。健康のために毎日摂取しているつもりが、かえって健康を害していないだろうか? 本書に導かれ、サプリメント利用について改めて考えることをお勧めしたい。

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