ちくま新書

年間4兆円、捨てているモノは何か?
井出留美『私たちは何を捨てているのか』試し読み

持続“不可能”な食料システムとはどのようなものか。コロナ禍、ウクライナ侵攻、気候変動、貧困や飢餓などの社会問題と複雑に絡まった因果関係を解説する『私たちは何を捨てているのか』(2025年3月10日発売)の冒頭記事を公開します。
井出留美『私たちは何を捨てているのか ――食品ロス、コロナ、気候変動』(ちくま新書)


食品ロスのために失われている金額がいくらかご存知だろうか? 日本では年間4兆円、世界全体では2.6兆ドルにのぼる。

日本では、年間2兆1519億円もの税金が一般廃棄物の処理に使われている。その4割にあたる8000億円は、生ごみの処理費用ではないかと推測されている。しかも税金は、わたしたちに直接関係ない小売企業の食品ロス処理費用にもまわされている。

たとえば大手コンビニ1店舗が捨てる食品は年間468万円。これは民間組織の従業員の平均年収460万円に匹敵する金額だ。このコンビニから出る食品ロスは、多くの自治体で「事業系一般廃棄物」として回収され、家庭ごみと一緒に焼却処分される。処理費用はコンビニ加盟店も負担するが、わたしたちの税金も使われている。東京都世田谷区の場合、その処理に1キログラムあたり61円の税金をかけている。コンビニに限らず、食品スーパー、百貨店、飲食店、ホテルについても同じことが言える。

日本のごみ焼却率は約80%で、OECD加盟国でワースト1位。一般的に生ごみの成分のおよそ8割は水である。わたしたち日本人は、この「燃えにくいごみ」を焼却処分するのに膨大な経費をかけ、無自覚のまま気候変動や自然災害に加担している。

欧州連合(EU)の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」は、2024年の世界の平均気温が、産業革命以前の水準よりも1.6度高く、「パリ協定」の気温上昇の抑制目標である1.5度を単年ではじめて超えたと発表した。この気候変動の一因が食品ロスだと認識している人はどれくらいいるだろう。

世界中の食品ロスをひとつの国だと仮定すると、温室効果ガスをもっとも排出している中国、米国に次いで、第3位の排出源となる。世界の食料の生産から消費にいたる「食料システム」にまで話を広げると、人為的な温室効果ガス排出量の約21〜37%を占める。

わたしたちのいのちを育む食と農は、環境負荷の大きな産業でもあるのだ。だからこそ食品ロスを減らす必要がある。

本書では、冒頭に述べた食品ロスによって生じる莫大な費用や、そこに税金が使われている事実を明らかにしたい。それは雇用や教育、福祉、医療など、わたしたちの暮らしをよくすることに活かせたはずの税金である。また「食品を捨てる」というありふれたことが気候変動につながる構図を示していきたい。

 第1章では、「令和の米騒動」やコロナ禍でパニック買いが起きた原因と、コロナ下に世界各国でみられた「新しい生活様式」と食品ロスを防ぐための工夫について考える。
 第2章では、日本の食と商慣習を、恵方巻、賞味期限、大手コンビニ、エッグショック
などを切り口に考える。
 第3章では、コロナ禍や食料価格の高騰で深刻さを増す貧困問題について考える。
 第4章では、食品ロスとごみ問題の解決策を各国・自治体・企業の取り組みから探る。
 第5章では、地球規模の気候変動と食料システムの問題を身近な食品ロスから考える。
 第6章では、食品ロス問題の根本とは何なのか、食べものを捨てるとき、わたしたちが捨てているのは何なのかを深掘りする。

わたしは外資系の食品企業で広報をしていた2008年、米国本社からフードバンク活動について教わり、日本のフードバンクと関わるようになった。それから数年後の2011年3月11日、東日本大震災が起こった。避難所は、ひとつのおむすびを4人で分け合う状況だと聞いていた。ところがフードバンクと共に食料支援に入った避難所では、「すべての人に平等に行き渡らない」という理由で、せっかく全国から届いた食料が配られず、食品ロスになる現実を目の当たりにした。そのことがきっかけとなり、わたしは食品ロス問題に取り組むようになった。それから国内外で取材や講演をおこない、いまはジャーナリストとして食品ロス問題について発信している。

本書は、食品ロス問題をグローバルな視点から考察し、「勝負の10年」と言われる気候変動の危機的な状況も含め、より多くの人たちに「自分ごと」としてとらえてもらいたいと思い、書いたものである。タイトルの「私たちは何を捨てているのか」を頭の片隅において本書を読んでいただけたらと思う。

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