はじめに
不特定多数の相手の前で服を脱ぎ、裸になる仕事=性風俗の仕事に従事する女性たちは、いつの時代も世間の関心を集める存在である。
女性差別や性的搾取、男女間の経済格差の象徴として、ネガティブな形でクローズアップされることもあれば、世間の注目と破格の収入を得られる華やかな仕事、女性が自らの意思で選び取った仕事として、ポジティブな形で語られることもある。
特定少数の相手の前で服を脱ぎ、金銭を介して性的な関係を結ぶ女性たちも、「愛人契約」「援助交際」「パパ活」など、時代によって名称は変化しているが、同様に世間の関心を集める存在であり続けている。
女性たちが脱ぐことを決意するに至った理由、及び脱ぐ仕事をする過程でぶつかる困難や悲劇については、これまで多くのメディアや書き手によって言語化されてきた。
一方で、彼女たちが脱ぐことをやめた後の人生について、スポットライトが当たることはほとんどない。加齢とともに需要と収入が減っていく性風俗の世界では、どんな女性も、いつかは必ず「脱がずに生きる」ことを余儀なくされる日が来る。風俗嬢として生きる期間よりも、「元」風俗嬢として生きる期間の方が、圧倒的に長い。
しかし、一生のスパンで見ればごく短い期間であるにも関わらず、「脱ぐ仕事をしていた」という事実、及びそれに伴う記憶や経験は、その後の人生に長期にわたって影を落とすことも少なくない。
性風俗の仕事は、水商売も含めて、当事者の間では「夜職」と呼ばれている。夜職の世界では、昼職の世界(一般の仕事やアルバイト)では決して得られないような破格の金額を、ごく短時間で稼ぐことができる。AVの仕事やパパ活などの個人売春についても同様だ。
その一方で、夜職の世界では、未来につながるキャリアを積み上げていくことが難しい。手持ちの資源である自らの若さや肉体、時間をただ切り売りしていくだけの働き方になってしまいがちだ。履歴書の空白を埋められず、金銭感覚のズレを修正できないまま、気がつけば5年、10年という時間があっという間に過ぎてしまう。
加齢と共に収入が右肩下がりになる中で、「昔はあれだけ稼げたのだから」という過去の記憶に縛られて、店舗の掛け持ちや移籍を繰り返しているうちに、昼職への移行はますます困難になり、孤立は深まっていく。稼げなくなった結果、夜職の世界からも排除されてしまい、社会の中で行き場や居場所を失ってしまうこともある。
私が設立に携わったNPO法人風テラスでは、性風俗や売春に従事する女性の無料生活・法律相談窓口を運営している。2015年に事業を開始して以来、これまで延べ1万人を超える女性の相談を受け、弁護士とソーシャルワーカーの相談員が、一人ひとりの悩みと不安に寄り添いながら、解決策を一緒に考える手伝いをしてきた。
女性たちから寄せられる相談の中で、かなりの割合を占めているのが、セカンドキャリアに関する悩みだ。
「夜職で働いていた期間が長いため、履歴書の空白が埋められない」「収入が大幅に減ってしまうことが不安で、なかなか昼職に移行できない」「昼職が長続きせず、また夜職に戻ってきてしまった」など、多くの女性が不安と混乱の中で立ちすくんでいる。
夜職に従事している女性がセカンドキャリアをうまく築くことができないと、本人だけでなく、その子どももまた、社会的に孤立・困窮してしまうリスクがある。
彼女たちが夜職を円満に卒業し、スムーズに昼職に移行することをサポートする仕組みを構築することができれば、社会的孤立の解消と次世代への貧困の連鎖を断ち切る上での大きな一歩になるはずだ。
「元」夜職の女性たちの中には、昼職へのスムーズな移行に成功した人や、夜職で得た収入を活用して、自らの夢を実現させた人もいる。自分の過去に折り合いをつけ、周囲の偏見を乗り越えて、未来に向かってたくましく生きている人もいる。
本書では、かつて性風俗の仕事に従事していた13名の女性たちへのインタビューを通して、この仕事をはじめたきっかけ、やめたきっかけ、やめた後の生活やキャリアなどを聞き取りながら、以下の2つの問いについて考えていく。
問い❶ 性風俗とは何か、どのような存在なのか
問い❷ 現代社会の中で、女性が性風俗に頼らず、経済的・社会的・精神的に自立して生きる(脱がずに生きる)ためには、どのような条件が必要になるのか
問い❷に答えるためには、そもそも「脱ぐ仕事」である性風俗とは何か、どのような存在なのかという問い❶に答える必要がある。れっきとした「職業」なのか。太古の昔から連綿と続く「文化」なのか。それとも、許しがたい「搾取」なのか。
この問いに一定の答えを出すことができれば、どのような事情を抱えた女性が性風俗の世界に引き寄せられるのか、そしてどのような条件を満たせばこの世界から卒業できるのか、ということも、自ずと導き出されるはずだ。
第1章では「就労」、第2章では「自ら設定した目標の達成」、第3章では「パートナーの獲得」という切り口から、「脱がずに生きる」ことを実現するための条件、及び課題を考えていく。第4章では、それまでの分析を踏まえて、2つの問いに対する答えを提示したい。
脱ぐ仕事とは、言い換えれば、自分自身を売る仕事である。社会の中で孤立・困窮した人にとって、自分自身の身体と時間は、唯一にして最後の商品になる。
しかし、商品としての自分には、「唯一無二であるが、誰もが持っている」という矛盾がある。かけがえがないからこそ、ありふれている。つまり、唯一にして最後の商品であるにもかかわらず、あっという間に市場で消費され、使い捨てられてしまうリスクがある、ということだ。
現在、働き方の多様化が進む一方で、料理宅配サービスの配達員などのギグワーカー(インターネット上のプラットフォームを通じて単発の仕事を請け負う労働者)や、空き時間を活用して働くスポットワーカー(単発・短時間・短期間で働き、継続した雇用関係のない労働者)が増えている。AIに人間の仕事が奪われていく中、望まない形で自分を切り売りするしかない状況に追い込まれる人は、これからますます増えるだろう。
そうした中で、自分自身を切り売りせずに生きるための方法を考えることは、すべての働く人にとって、意味のある時間になるはずだ。
様々な理由で脱ぐこと、自分自身を売ることを決意した女性たちが、性風俗に頼らずに生きることができるようになった経緯と条件を明らかにすることができれば、夜職に従事している女性のみならず、社会全体の孤立や困窮を解消するためにも、大きなプラスになると考えている。
本書に登場する13名の女性たちの言葉や生き様が、あなた自身、もしくはあなたの大切な人が「脱がずに生きる」ためのきっかけになることを願う。