加納 Aマッソ

第84回 室外機の周りで

 考えていた。小さく唸りながら吐き出されるこの生ぬるい空気について。つまり、こういうことってあるよな、というようなことを。
 薄手のカーディガンを羽織った程度の私に、外気は冷たかった。あと一歩踏み出せば、足元から多少の暖を取ることができるだろう。けれど、「それがどうした」と思う自分。体を芯から温めてくれない暖かさを享受しないという選択に、私は少し人生をみる。
 寒いなら、部屋の中に入ればいい。そうしないのは自分の意思だ。
 「嫌ならやめればいい」には、何度も心の中でぶち当たる。好きなことを仕事にしている人間にはなかなか扱いづらい言葉だ。好きの中に無数の「嫌」がある。

 「タバコ吸わないのに、そこで何してるの」

 室内からこちらを覗く人は、私が何に固執して外にいるかはわからないだろう。わかるわけがない。なぜなら伝えていないから。私は、これとこれとこれに固執している。

 今まで幸せについて考えたことがなかったのに、ふとしたときに足元にまとわりついている。それこそ、室外機の温風のように。「私は、いつ、幸せであればいいのか」という問いが。今日の「これじゃないんだよな」は、明日の幸せを導いているか。なぜ今日は捨てていいのか。
 小さいとき、トランプをするのに付き合ってくれない両親が理解できなかった。だって、それまで生きてきてトランプが楽しくなかったことがなかったから。なんで? 楽しいやん。やろうや。ねぇやろうや。
 幸せについて考えるとき、このトランプが頭に浮かぶ。あの頃のトランプは楽しかった。今の私はトランプをしない。
 飲み会。テーマパーク。大きな温泉施設。旅行。カラオケ。トランプ。全部あったかいのに、全部室外機の風に変わっていく。確かにあったかい。確かに楽しい。でも、描いた明日のほうが楽しい気がする。そうでなければ、生きる意味がない。その気持ちが今日にケチをつける。

 大人はなんで偉いんですか?
 それは明日はどう生きようかと毎日考えないといけないから。
 芸人なのになんでそんな暗いこと言うんですか?
 現実をポジティブウォッシュしていては、笑いの本質が遠ざかりそうで怖いから。
 なんで一緒にトランプしてくれないんですか?
 確かに、一回くらいしてくれてもいいやんな。

 室内から手招きをしている人が窓の結露で霞んでしまう前に、私はいい加減、ここから動かないといけない。たぶんもう風邪をひいてしまう。そう思っているのに、すくんだ足はずっと真横の温風を見送り続けている。

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