単行本

幻想世界ができるまで
さやわか著、アトラス監修『RPGのつくりかた――橋野桂と『メタファー:リファンタジオ』』書評

最高の布陣の一冊。「遊んでから読むか、読んでから遊ぶか」それが問題だ。

 藪から棒で恐縮だが、各種のコンピュータで遊ばれているデジタルゲームがどのようにつくられているかをご存じだろうか。
 ゲームをつくる仕事は、ひょっとしたら外からは分かりづらいものの一つかもしれない。かといって現場を見学すれば分かるものでもなかったりする。というのも、多種多様な要素を各種専門のクリエイターたちが分担してつくり、これが統合されるにつれて、少しずつ姿を現すものだけに想像しがたいのだ。
 本書『RPGのつくりかた』は、普段そうしたいと思ってもなかなか叶わないそんなゲーム開発の現場を解説つきで覗ける稀有な本である。題材は2024年10月に世界同時リリースされ、たちまち累計100万本のヒットとなったアトラスの新作RPG『メタファー:リファンタジオ』だ。同作のディレクターを務めた橋野桂を中心とした主要スタッフへのインタヴューで構成されている。2018年から2024年にかけての足掛け7年の取材というから凄まじい。聴き手を務めるのは、ジャンル不問でカルチャーに通じ、ゲームに関する著作や漫画原作も手がけるライターのさやわかで、つまり最高の布陣である。
 さて、本書がなにより面白いのは、『メタファー』のプロジェクトが始まった2017年から1年ほど経った時点とはいえ、まだコンセプトを練っている段階から話を聴いているところ。読者は、完成後のインタヴューではありえないような、手探りと試行錯誤の過程に伴走するという、まことに贅沢でスリリングな体験をたっぷりと味わえる。
 しかも『ペルソナ』シリーズを手がけてきたチームが、初めて挑戦するファンタジーRPGだという。ファンタジーRPGといえば、コンピュータゲームの黎明期から続く一大ジャンルで、そこにどんな驚きを持ち込むかという難題もある。加えて同作では、多言語とマルチプラットフォーム対応という課題もあり、ただでさえゲーム開発はトラブルの山との格闘であるところに、不安要素が最初からテンコ盛りというわけだ。
 また、商業用のゲームでは、発売までの期日と開発に使える予算、費用に見合うだけの販売目標といったビジネスの要素もつきものだ。スタッフを増やせば、その分飛ぶように予算は減ってゆく。徐々に増えてゆくスタッフたちに、指示や示唆を与え、チームの動きが止まらないようにする必要もある。信じられないくらい次々と生じる問題やバグにも対処せねばならない。
 と、つい困難の数々を並べたが、ゲーム開発は、譬えるならピースの形が定まらず、完成形も不明の巨大なジグソーパズルを組むようなものだ。本書の見所の一つは、チームを率いてそんなパズルに挑む橋野がなにをどのように考え、進めていったのかにある。例えば、「不安に向き合う」というゲーム全体を貫くテーマにしても、人の興味を引きづらい選挙の仕組みを入れるにしても、なにをどうつくればよいかを探りながら進めるという、それ自体が実験のような創作の過程そのものが、橋野の明晰な言葉で語られており、本当に興味が尽きない。
 また、ときには取材されている立場の橋野が、キャラクターの設定の仕方について「どう思いますか」とさやわかに尋ね返したり、気がつけばアイデアを検討するミーティングのようになっていたりするのも面白い。そんなふうに一方向の取材に収まらない要素があるのは、さやわかの幅広い知識に裏づけられた着眼と語り手のツボを押さえる問いがあってこそで、これは誰にでもできる芸当ではない。時々ナレーションのように挟まるさやわかによるコメントも、橋野の語りをゲーム以外の創作と対比して捉え返しており、本書に奥行を与えている。
 どんな観点であれ、ゲームに関心があるなら、これを読まない手はない。問題があるとすれば、遊んでから読むか、読んでから遊ぶかだろうか。かく言う私は二周プレイしたあとで読み、三度あの幻想世界を訪れたくなっているところ。

2025年3月7日更新

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山本 貴光(やまもと たかみつ)

山本 貴光

1971年生まれ。慶應大学環境情報学部卒業。コーエーでゲーム開発に従事の後、文筆家に。単著に『「百学連環」を読む』(三省堂)などがある。吉川浩満との共著に『脳がわかれば心がわかるか』(太田出版)、『問題がモンダイなのだ』(ちくまプリマ―新書)がある。

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