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私の本体は、スウェーデン北部の氷河の上に位置する小さな基地の中にある。
姉も、香澄もそばにいる。私たち家族の近くには、最新鋭の医療設備と優秀なドクターがいてくれる。
温暖化が進んでいくらかは溶けてしまったとはいえ、地球の陸地面積の約一〇パーセントは、氷河や氷床といった一年中融けない大きな氷におおわれている。真っ白な世界? 違う。
氷河はボコボコしていたり、水でじゃばじゃばになっていたり、汚れて見えたりする。汚れに見えるものは微生物と、微生物がつくった有機物だ。氷河を黒く変化させ、巨大な氷床を融かす藻類やシアノバクテリアをはじめ、氷の上にはたくさんの生物が住んでいる。
私は計画の大きさにとらわれて自らのちっぽけさを忘れないために、氷の世界に身を置く。
宇宙にとって人類など、地球上の生命など、氷河に見える汚れ、微生物の集まり以下のものでしかない。今は、まだ。それを意識しつづけるために、私はここにいる。
私はあらゆる手を使って延命するつもりだが、私も、姉も、香澄も、ともしびはいずれ潰えるだろう。
そのときは姉が進め、私が引き継ぎさらに進化させてきた人工生命に、この団体を託す。
彼らに、私たちが地球中に張り巡らせ、あるいは宇宙にまで進出したネットワークを、自由に使えるように開放する。
それは単純な「機械の人類への反乱」などとはまったく異なった、人間には理解できそうでできない、別の知性の所業になる。それが自分の、最後の作品だ。
身体が拡張されればされるほど、感情が届く範囲も広がる。
姉の複雑な感情、香澄の言語化以前の情動、それらの強い想いはネットワークを伝い、どこまでも、ぐるぐると回る。いつか、宇宙の果てまで。
(『人はアンドロイドになるために』は書き下ろしを加え、小社より刊行となりました)