多摩川飲み下り刊行記念

川を下って世界の酒でべろんべろん

『多摩川飲み下り』(大竹聡著 ちくま文庫)刊行記念対談

『多摩川飲み下り』(大竹聡著)刊行を記念して、下北沢の書店B&Bで大竹聡氏と高野秀行氏の対談が行なわれた(2016年12月26日)。 この本は、多摩川の川沿いに歩いては居酒屋や河原で酒を飲むエッセイだが、大竹氏は、この本に書かれなかった、とんでもエピソードを、そして高野氏は、アジアやアフリカの地で出会ったユニークな酒の話を、それぞれたくさんの写真を見せながら語った。 一杯やりながら、未知の酒の味を想像してご堪能ください。

●世界の酒巡り――チュニジアのハッピーメン

高野 僕は今日、脇役なので今まで行ってきた世界各地にどんな酒があるのかということをちょこちょこっとお見せしようと思います。

 これはチュニジアの砂漠地帯です。これは「ラクダ注意」の看板ですね。

 

 「ラクダの群れが移動してるので、気を付けましょう」という看板です。砂漠だからオアシスがあるんですけど、現地でオアシスというのはヤシ畑のことで、水が出るところにヤシの木が植えてある。そこでは畦をつくっておいて、雨水が溜まったら逃げないようにする。まあ、田んぼと同じですね。そうやって水をなるべく溜めるようにしてヤシの木を植えてるので、ヤシの田んぼみたいなんですよ。

僕はこの時、カミさんと一緒に旅行していて「最近ちょっと酒飲み過ぎだから今日はやめよう」と思ってました。宿に帰ろうと思ったのが夜の8時ぐらいで、もう暗かったんですけど、ヤシ畑のほうからザワザワッと声がして。「なんだろう」と思ったら急に男が出てきて話しかけられたんだけど、どうも様子がおかしい。敵意はない感じなんだけど、話をしてても噛み合わない。「名前は?」「あなたはどこから来たの?」って聞いても「俺たちはハッピーだと思ってる」とか的外れなことを言うばかりで。言葉が通じないわけでもないのにおかしいな。でもこういうことって、日本でもあるよな。そう思ってたら、その人は酔っ払いだったんです。

 

 そのあたりでは酒が全然売られていなかった。チュニジアはイスラム教の国なんだけど、街中の外国人が行くレストランでは酒を出してるし、スーパーでも売ってる。でも内陸部の普通の庶民がいるようなところでは、酒が全然ないんですよ。その男が飲んでいたのは密造酒だった。つまりヤシ酒をつくって飲んでいるわけです。あたりは真っ暗なんだけど、タバコの火の数でけっこう何人もいることがわかる。写真を撮ったらカメラのフラッシュでバッと浮かび上がったんだけど、その時に「おお、12、3人いる!」ということがわかって(笑)。でもこの人たちはすごく礼儀正しくて、酒を買おうとした時に2ディナール持ってなくて20ディナール払ったら、ちゃんと18ディナールおつりをくれて。とにかく、すごくきちんとした人たちなんですよ。地元にしては割と教育程度が高い人たちだから、若干英語が話せる人もいました。

大竹 たしかに教育程度が高そうですね(笑)。

高野 英語が得意な若者は、自分のことを「俺はイングリッシュマンだ」と言ってた。俺たちは貧乏だ。テレビも車もない。でもこれを飲むと、世界はワンダフルだ!! とか、エンドレスでそういう話をしてるんですよ。最初は感動してたんだけど、1回飲んでしばらくするとまた「俺のうちは貧乏だ。テレビも車もない」という話が始まって(笑)。なんで酔っ払いって、世界中どこでも同じ話を繰り返すのかなと。

大竹 だいたいそうですね。5回は繰り返します。

高野 そうですよね。「写真を撮れ」って言うんだけど、意味はないんですよね。撮った写真を見て「オー、ビューティフル!」って言ってどこかに行っちゃう。またしばらくすると帰ってきて「写真撮れ」って言う(笑)。素晴らしいですよね。酒飲みっていうのは、どこに行っても同じなんだなと。

●ネパールのシダを酵母にした酒

高野 これはネパールの南東部です。

 

 納豆の取材に行ったところなんですけど、こういう市場がありまして。これはシダの酵母で、スターター(種)にシダを使ってます。

 

 ここでは醸造したものを蒸留し、強い酒をつくる。コメからつくるのも多いんですけど、それとは別にこういうお酒もあって。

 

 

 これはミャンマーのワ州で飲んでた酒と同じ種類で、ミャンマーやネパール、ブータンなどで広く飲まれている。

大竹 雑穀からつくった酒ですね。

高野 ええ。ピンク色になっているのが発酵してるんですけど、そこに水を入れるとどんどん酒になっていく。ただ、何回も水を入れているとだんだん薄くなってくるので交換するんですけど。特にこの地域の酒はアルミの入れ物に入れて、そこに水を注ぐ。飲む時には、それをチュウチュウ吸うんですよ。

 

 これは撮ってもらったんですけどあまりにも溶け込んでて、あとで見た時に「俺、どれだ?」と思って(笑)。こういうおじさんたちがみんなでチュウチュウ吸ってるという、非常にかわいらしい心和む光景でした。さっきの市場の脇に、こういうところがあるんですよ。

大竹 美味そうに飲んでるね。

●ブータン酒の恐ろしさ 

高野 これが最後の写真ですね。

 

 これはブータンで、ブロクパという民族を訪ねた時の写真です。最初、酒を探したんですよ。大竹さんはよくわかると思うんですけど、新しい土地に行くと、酒飲みってまず酒の確保から始めますよね(笑)。酒屋があればそこで仕入れるし、なければ持ってる人から買う。そこでもいろいろな人に聞いたんだけどみんな「酒はない」って言うので、「このへんの人たちはすごく飲むっていう噂を聞いてたのに、飲んでないのか。じゃあ仕方ないか」と思ってがっかりしてた。ところが夜、飯を食ってたら続々と女性が集まってきて、みんな瓶とか魔法瓶を持っている。これも伝統的な酒の入れ物で竹でできてるんですけど、そういうのを持って集まってくるんですよ。そのへんでは客人に酒を飲ませる習慣がある。酒は焼酎でツォチャンというんですけど、これがすごく恐ろしいものであることが後でわかって。

 僕らは全部で4、5人で、しかも飲めない人がいた。「これ、どうなってるんだ」と思って。この時もすごく寒かったんですよ。気温が5度もないぐらいなんだけど、暖房もなくて。そこで「ちょっと寒いし、こんなにたくさん飲んだらお腹が痛くなるので飲みません」と断ったら、ストーブの上でいきなり全部熱燗にし始めた。これでもう取り返しがつかないわけですよ(笑)。「なんてことを言っちゃったんだ! 鍋に入れてるよ」と(笑)。

 

 「もういい」って言ってるんだけど彼らは聞く耳を持たなくて、こういうふうに入れたんですよ(笑)。

 この帽子が凄いでしょう。これはブロクパ独自のフェルト帽なんですけど、触角が付いてるんですよ。何か宗教的な意味があるのかと思ったら別になくて、雨よけだと言う(笑)。「えーっ!」と思うでしょう。つばの代わりに触角が付いてて、水がこういうふうに垂れるので顔にかからなくていい。彼らはそう言ってました。顔に水がかかるのは嫌だというのは僕らと同じなんだけど、その先の考え方がちょっと違う。

大竹 水を伝わらせて落とすんですか?

高野 そうですね。

大竹 ここでもう、うっとりしてるのは民族性なんですかね。だいぶいい感じになってますけど。

高野 まだ飲んでないですけどね。修道院長みたいなおばさんが出てきてここにザーッと酒を注いで。

大竹 これは死ぬわ(笑)。

高野 それで「飲め」って言うんですよ。

 

 本当に恐ろしいですよ。だいたい、この人たちもすでに酔っ払ってるんですよね。ここには女性しか来ないんですよ。男は来ても、脇のほうでひっそりしてて。これは女性を解放する、女性のための習慣のようです。客人が来るとまずお酒を出す。まず、もてなすという意味がありますよね。そして客は、これにたいしてお礼をしなきゃいけない。昔はわからないですけど、今だったら最後にお礼としてお金を払う。これは現金収入を得る場でもあるんですね。そこでは本人たちも飲むので、娯楽でもある。

大竹 キャバクラみたいな感じですかね。

高野 そうなんですよ。こういう恐ろしい感じになって(笑)。

 

大竹 ああ、これは駄目だな(笑)。

高野 このうれしそうな顔(笑)。

大竹 すっごい嬉しそうですよね(笑)。あんまり見たことがないな(笑)。

高野 「なんて恐ろしいところなんだ!」と思いました。ここは標高が3800メートルもあるので、酒を飲むとものすごく回るんですよ。飲んで歌って、次の日は全員二日酔いです。客もホストもボロボロですよ。とにかく気持ち悪くて。次の日にそこを出て、別の村に行きました。その時には4500メートルの峠を越えていかなきゃいけなかったんですけど、もう死んじゃうんじゃないかと思いました。ブータンは薬草の国と言われているので、二日酔いを治す知恵があるんじゃないか。これだけ酒を飲んで、しかも薬草が発達してるんだから、二日酔いにすごくよく効く生薬とかがあるんじゃないか。そう思って村の人たちに「二日酔いの時にはどうするの?」って聞いたら、「焼酎1杯飲むといいですよ」と言われて(笑)。それを聞いて、ここの人たちは駄目だと思いましたね(笑)。

大竹 迎え酒で4500メートルの峠を越える。すごいですねぇ。

高野 でも意外と、上がっていくうちにだんだんよくなってきたんですよね。なんでですかね。

大竹 アルコール度数はどのぐらいなんですか? 焼酎だからけっこうあるんですかね。20度とか。

高野 20度はないでしょうね。日本酒と同じぐらいで17~8度じゃないかな。とにかくお姉ちゃんたちと飲んだ次の日は、みんなドロドロですよ。

 この時、面白いことがあって。そうやってものすごく飲んだ後、別の村に行こうとしてたんですけど、その時にWWF(World Wide Fund for Nature 世界自然保護基金)のスタッフが3人ぐらい視察で来てたんですよ。彼らはみんな西洋人で山を登るだけで死にかけてたんだけど、その後、お姉さんやおばさんたちがボトルや魔法瓶を持ってドーッと集結して(笑)。「これはチャンスだ!」とばかりに行ってましたね。僕たちはそれを見て「ざまあ見ろ」と思って。

大竹 完全に殺してますね。

高野 そうそう。僕たちは「テロ」って言ってましたね(笑)。WWFもこれで終わったなと。とにかく、そういうことがありました。

 われわれもそろそろこのへんでおしまいですかね。

大竹 皆さん、年末にお越しいただきありがとうございました。

高野 どうもありがとうございました。

 

 

 

2017年2月20日更新

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大竹 聡(おおたけ さとし)

大竹 聡

1963年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。2002年10月、雑誌『酒とつまみ』創刊。著書に、『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』『酒呑まれ』『多摩川飲み下り』(ちくま文庫)、『愛と追憶のレモンサワー』(扶桑社)、『ぜんぜん酔ってません』『まだまだ酔ってません』『それでも酔ってません』(双葉文庫)、『ぶらり昼酒・散歩酒』(光文社文庫)、『五〇年酒場へ行こう』(新潮社)などがある。

高野 秀行(たかの ひでゆき)

高野 秀行

1966年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞受賞、『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)で講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。近著に『地図のない場所で眠りたい』(角幡唯介との共著、講談社文庫)がある。