ちくま文庫

あなたが主役

『脇役本』解説

脇役本という知られざるジャンルの面白さとは?

 脇役が書いた本なので、脇役本。
 当たり前といえば当たり前の名称だが、古書のジャンルの一つと言われると、言い得て妙の命名である。いや、絶妙の名称で、これ以上ピッタリの呼称は見つからない。
 発案した著者に拍手を送りたい。
 ひと昔前までは(と断らなくてはならぬ)、どこの古書店にも映画演劇書のコーナーが設けられていた。売行きのよいジャンルだからでなく、売れない分野なので、溜まりに溜まっておのずとコーナーができてしまったのである。売れるのは主役のもので、脇役の本はいつまでも棚ざらしである。
 大体、映画俳優の本は、熱烈なファンしか買わない。それは脇役でも、そうである。脇役の本なら何でも購入するという奇特な人は、いなかった。
 あにはからんや、日本にただ一人、いたわけである。それがこの本の著者だった。
 脇役本コレクター。著者には収集本の通称を定める特権がある。何しろ日本で最初にこの分野の面白さに目をつけ、一人コツコツと集めて、かつ、研究し体系化し、発掘の意義と貴重な資料であることを、るる説いて自費出版して世間に知らしめたのであるから。
 これは壮挙といってよい。雑本の価値を、教え弘めたのである。
 いわゆる学者にはできぬことである。マニアだから、できた。マニア、バンザイ。
 それにしても脇役たちの素顔の多彩さよ。いや、本業以外の特技の豪勢さには目をみはる。
 たとえば、吉田義夫。この脇役俳優は、私が子どもの頃は、東映チャンバラ映画の「怪人」的悪役専門だった。異相異風の、マンガから抜けだしてきたような誇張した悪人を演じた。「男はつらいよ」シリーズの冒頭、寅さんの見る夢に必ず登場するが、あのキャラクターがちょうど昔のチャンバラ映画のそれである。監督の山田洋次は私たち世代を意識して再現しているわけだ。なつかしい俳優である。
 特筆したいのは、小学生の私たちが吉田義夫という芸名を知っていたことだ。中村錦之助、東千代之介、月形龍之介と共に、おなじみであったという事実、これは凄いことである。
 その吉田が日本画家であり、一九四〇年の、文部省による法隆寺金堂壁画模写事業の四人の画家の一人に選ばれた師の入江波光の助手をつとめたこと、戦後も続けられた模写事業の助手を思い悩んだ末に辞退したこと、私には初耳の履歴であった。
 濱田さんは古書展で吉田の『波光先生を想う』という著書を見つける。吉田義夫という名は、ありふれている。脇役の吉田の素性を知らなければ、同姓同名の別人の著と見逃してしまう。映画の本ならともかく、画家の追憶である。しかも七十ページに満たない小冊子だ。
 希覯本である。これぞ脇役本の白眉である。
 本書の面白さは、脇役本の内容紹介と共に、その本がいかに価値あるものか、熱意をもって語るところにある。読者はどの本にも、読書欲をそそられるはずである(この文庫の巻末には、親切にも著者・書名索引がついている)。
 新東宝映画で軍人将校などを演じていた二枚目脇役の細川俊夫が、競歩の選手であり、東京オリンピックでは競歩コーチをつとめていたなんて、これまた仰天の顔であった。『競歩健康法』という本を出版している。
 NHKテレビの「事件記者」で、部長刑事役の野口元夫が、日本橋の老舗鮨店の三代目で、店に出て鮨を握っていたなんて、びっくりである。
 どころか、鮨の研究書を出版しており、平凡社の『世界大百科事典』の鮨の項目を執筆していたとは。文筆の方では本名の吉野曻雄を用いている。これでは、わからない。
 今井正の「青い山脈」で、ガンちゃんと呼ばれるバンカラ高校生を演じていた伊豆肇が、時代小説を出版していたという記述にも驚きだった。

 伊豆は物書きとはとても思えない、良家の御曹子しのようなお人よしの顔をしていた。大林宣彦の映画にも出ている。
 テレビドラマの脚本も手がけたらしい。何十本か放映されているという。テレビドラマはともかく、小説は読んでみたい。
 脇役の文筆業といえば、これはもう何といっても佐々木孝丸である。小説どころか、戯曲を書き、翻訳をし、「インターナショナルの歌」を訳詞し、雑誌を編集し、舞台の演出をし、映画で政財界人や、フィクサーや顔役を演じる。
 若い時には郵便局や電信局勤めをした。夏目漱石死去の電報を受けつけた思い出を、確か記している。
 本書の読みどころを挙げていくと、きりがない。どのページを開いても、失望しない。人物のエピソードが生き生きとしていて、退屈しない。小説を読むより面白い。
 私の解説に目を通してから本文を楽しむという読者には、第五章の「まだまだ脇役本」から読むことを勧める。この「ちくま文庫」のために増補したページである。
 実に百数十ページもの大増補である。第五章にこの文庫の面白さが集約されている。
 脇役で本を著した人は、まだまだいる。
 黒澤明映画の常連の一人、先だって亡くなられた土屋嘉男は名文家だったし、同じ頃亡くなられたペギー葉山の夫、大映の根上淳も、しゃれた文章を書いていた。
 西村晃や、沼田曜一や小泉博、三橋達也、丹波哲郎らがいる。
 濱田吾さんには、本書の第二弾、第三弾を期待しよう。こんなにも手間のかかる、興味尽きない仕事をなしとげたのである。そう言ってはなんだが、ものにはついでということがある。そう言ってはなんだが、濱田さん以外に、今のところ適任者が見当たらない。伏してお願いする。
 脇役本紹介者の、あなたは主役なのだから。

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