頭を使って早くする走り方

5月に刊行された『99%の人が速くなる走り方』紹介エッセイです。

 皆さんは、「速く走る」というとどのようなイメージをお持ちだろうか。あらゆるスポーツで、走ることは基本中の基本だ。筋力を鍛えるよりも走ることの方が有益である場合は多い。全力で走ることは、とても強い力を養うからだ。
 本書は今までとはまるで違う切り口で走ることを紐解いた。
 私たちは、走ることを特別に教わらなくても、ある程度速く走ることができる。今の日本では、学校体育のおかげで誰もが運動に接する機会があるからだ。中学や高校の部活動を通じて競技スポーツへと導かれる仕組みが、スポーツの自然な入り口として受け入れられてきた。そして、身体の成長とともに「足が速い」子供が現れる。
 さて、足が速いのは、生まれつきだろうか。
 このことに、世界中多くの研究者は議論を重ねてきた。その中でわかったことがいくつかある。「特別に足が速い」人は、特別な遺伝子や筋線維を持っているということ、そして腱を使った特別な走り方をしているということだ。
 持って生まれた遺伝子は操作できないが、走り方を良くすると速く走ることができるのだ。私たちは脚で蹴って(力を入れて)スピードを出す走り方しかできないので、さらに、腱を有効に使って走る工夫をすると良いのだ。つまり、新たな走り方を学ぶことで、日本記録を出すまではいかないけれど、自分では思ってもみなかったほど速く走れるようになる。私はこの十数年で試行錯誤をし、大学生野球部員の走力を伸ばすことが出来るようになった。これまで200人以上指導して、99%以上が速くなった。伸びた平均記録は50mで0.3から0.4秒で、大学入学時は6.4秒程度だったのが、4年になって5.9秒で走れるようになった、という選手もいる。
 しかし、腹筋や腕立て伏せを毎日百回やればいい、というほど簡単ではない。腱を使って走る動きは中長期にわたって運動学習が必要なのだ。私はこの学習には、感じる力が大切だと思っている。走るタイミングが違うので、新しい感覚の動き方と、自分自身が実際にどう動いているのか、その差を感知しながら自己修正を重ねていくのだ。
 もちろん、「どのように学習すればいいのか」というモデルパターンは不可欠だ。本書では、言葉だけで説明するには限界があるので、イラストと筆者自身が実際に行っている動画を見られるように工夫を凝らし、掲載した。わかりやすく言うと、バネがある走り、という抽象的なイメージを具現化した。これを真似れば絶対にできる、という保証にはなりえないが、良き道標となるだろう。指導者の方はもちろんだが、スポーツとは縁遠い方にも、ぜひ本書をご覧いただきたい。バネがある走り方は感覚さえ持てば、誰でも入手可能な、もうひとつの走り方だからだ。わかりにくいなあ、と思われるかもしれないが、それも高度な学習ならではだ。
 走るなんて、当たり前のことを、わざわざ面倒くさい作業を持ち出して取り組むことに価値があるのだろうか?
 私は今まで、何度となくこの問答を繰り返してきた。結論はイエスだ。営利性・生産性のない「速く走る努力」は、自分の姿勢(構造)や動き方(機能)の改善を繰り返しながら、今までと違った自分へと移り行く(転移)ことが求められる。これらの過程にこそ、大いに価値があるものと信じている。
 何はともあれ、普段運動をしている大人の皆さんも、かつてトライしたことがない新たな一歩のために「こう走ってみようかな」と自分の走り方に目を向けてもらえれば、それだけで私はうれしい。